琵琶湖周航の歌
Circumnavigation on the Lake Biwa

はじめに



琵琶湖周航の歌(作詞:小口太朗  原曲:吉田ちあき)

 「琵琶湖周航の歌」は大正時代に京都にあった旧制第三高等学校で生まれた学生歌である。

 1950年以前の旧学校制度は、複雑な上に頻繁に改正されたので解りにくいが、高等教育としては、旧制高校学校3年+大学3年の計6年間が充てられており、旧制高等学校は大学予科的な位置づけであった。内容的には概ね現大学の教養課程に近い。旧制高等学校と大学の定員はほぼ等しく、高等学校卒業生は原則的に大学に無試験で入学出来たため、高等学校入学=エリートと認められた事であった。

 大正時代に高等教育を受けることができたのは、成績優秀であることは勿論、経済的にもある程度以上の恵まれた環境の人達であった。学生達は親元を離れ、寮生活の中で若き日々を謳歌した。テレビはおろか、ラジオ放送さえ無かった娯楽の乏しい時代、学生達は有り余るエネルギーを課外活動等の精神的、肉体的活動に注ぎ、多くの寮歌、応援歌、部歌(クラブ歌)が生まれたのである。

http://www.geocities.jp/qsay55/index.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A7%E5%88%B6%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1

 「琵琶湖周航の歌」もまたそうした部活動の中で生まれた歌であった。「寮歌」とされることも多いが、厳密には正しくない。寮歌とは、毎年開催される旧制高等学校の寮(寄宿舎)の自治を祝う紀念祭(記念祭)のために作られる歌や、個々の学生寮が独自に作った歌を云う。また水上部には別に明治44年に作られた「水上部歌」があるので部歌でもない。もちろん応援歌でもない。

 琵琶湖周航の歌は、こうした公式行事で歌うことを全く意図せずに作られた歌であったが、代々の第三高等学校の学生(以下、三高生)に歌い継がれ、昭和25年に旧制高等学校が廃止されて第三高等学校が現在の京都大学に吸収された際には、この歌も京都大学のボート部に「部歌」として引き継がれ、今日に至っている。歌が誕生した数年後には一般にも広く流行して歌われるようになり、現在では日本全国で愛唱される愛唱歌、スタンダード曲となっている。

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 大正6(1917)年6月28日(旧制)第三高等学校二部のクルー達が琵琶湖周航時の今津の宿で、メンバーの一人だった小口太郎の詩を、当時の雑誌に楽譜が掲載されていた吉田ちあき(吉田千秋)作曲の「ひつじぐさ」の歌のメロディにのせて歌ったのがこの名歌が誕生した瞬間であったと伝えられている。

 作詞者である小口太郎氏について、また長い間作曲者不詳ないし小口太郎作曲とされてきたこの曲の作曲者が吉田千秋氏であったことことについては第三高等学校〜京都大学ゆかりの方々、ならびに作曲者吉田千秋の故郷の方々、歌が誕生した今津町御関係の方々による詳細な調査研究がなされており、研究過程を含めて書物やウエブサイトで読むことが出来る。「琵琶湖周航の歌」の誕生そのものもドラマであるが、この曲のルーツ調査に粘り強く懇切丁寧に取り組んだ方々の熱意の記録もまたひとつの物語であり、この曲がそれだけの魅力を持っているということを改めて感じることが出来る。

 「琵琶湖周航の歌」は、いわば「替え歌」として誕生したために、そもそも原典なるものが存在せず、さらに口伝で歌い継がれたために、歌詞、メロディともに誕生時点から変化してきている。大正6年6月28日の時点での歌詞は、6番まである内の3−4番までしか完成はしていなかったと考えられているが、正確なことは解らない。ただ、作詞者である小口太郎氏が歌の誕生の現場に居合わせ、その後も多くの方々が歌詞を書き留めているため歌詞については比較的多くの記録が残されている。初期には、文芸部による「改訂」、漕艇部による「再改定」など創作者以外の人の手も入っているようである。大正末期から昭和一桁年代までの間に、特徴的な数点の変更が認められるが、それ以外は、記憶違いや当て字違い、旧漢字から当用漢字や送りがな違いといった要素が濃い。しかしながらメロディの方は、残されている情報が圧倒的に少なく、変遷過程に関する研究例もほとんど見られない。琵琶湖周航の歌のルーツ探しに尽力された方々も、歌詞については随分と細かい点まで論じているのだが、楽譜についてはあまり得意ではなかったようで、今ひとつ踏み込みが浅いように感ずる。

 「琵琶湖周航の歌」の原曲が「ひつじぐさ」であることについては疑いを挟む余地は無いが、両者のメロディにはかなりの相違点が存在する。さらに現在歌い継がれている「琵琶湖周航の歌」にも複数の異なるメロディが存在している。本サイトでは、琵琶湖周航の歌の誕生から、今日至るまでの変遷過程について追ってみたいと思う。

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 本サイトは、書籍、レコード、ウエブサイトなどで公開された情報、ならびに私が友人知人を通じて直接・間接的に集めた情報に基づいて構成しております。浅学につき、錯誤、勘違い、不適切箇所等々、多々あろうかと思います。ご遠慮なく御指摘・御指導のほど、お願い申し上げます。重ねて、メロディの変化の過程に関する情報がありましたら、是非ともご提供頂きたくお願い申し上げます。

 なお、私自身は、第三高等学校、京都大学ともに直接の関係はございません。純粋に「琵琶湖周航の歌」そのものへの興味が、本サイト製作の原動力です。

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前田 郷司

公開   2009.01.21.
改定   2009.04.04.
再改訂   2010.11.28.
微改訂   2011.07.16.


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