Solar Car Archaeology Research Institute

ソーラーカーの歴史 序論 最初のソーラーカー
The History of the Solar Car / The First Solar Car

0. Steel Tortois  鋼鉄亀

   Robert Anson Heinlein (SF novelist), USA, 1939.
   ロバート・ハインライン(SF作家), 米国, 1939年

 著名なSF作家、ロバート・ハインラインの初期の短編小説「疎外地(原題:Coventry)に「鋼鉄亀(原文:steel tortoise)」と呼ばれる乗り物が登場する。その乗り物は、屋根に6平方ヤードの「サンパワースクリーン」を備え、そこから得られるエネルギーで時速6マイルで走ると設定されている。

 SF小説に登場する発明品とアイデアを集めたサイト「Technovelgy.Com」によれば、この鋼鉄亀がSF小説に登場した最初のソーラーカーであるとされている。実在した訳ではないので8台の中には入っていない。*0a)
<引用>
Frankly, I don't know who was first. However, Robert Heinlein's description of the steel tortoise from his 1940 story Coventry is the earliest I know about: *0a)
<拙約>
 (実在した初期のソーラーカーをいくつか例に挙げた後で)率直に云って私には誰が最初にソーラーカーを発明したのかはよく解らない。しかしロバート・ハインラインが1940年に発表した「Coventry」(邦題:阻害地)という短編に出てくる「steel tortoise(鋼鉄亀)」は私が知る限り最も早いソーラーカーである。
 ハインラインの「疎外地」はハヤカワSF文庫に収録されている。*0b) 「鋼鉄亀」に関する部分の原文(引用元:Technovelgy.Com)とハヤカワSF文庫の矢野徹による日本語訳は以下の通りである
<原文>
He turned and commenced loading his steel tortoise. Under the romantic influence of the classic literature of a bygone day he had considered using a string of burros, but had been unable to find a zoo that would sell them to him...
The vehicle he had chosen was not an unreasonable substitute for burros. It was extremely rugged, easy to operate, and almost foolproof. It drew its power from six square yards of sunpower screens on its low curved roof. These drove a constant- load motor, or, when halted, replenished the storage battery against cloudy weather, or night travel. The bearings were 'everlasting', and every moving part, other than the caterpillar treads and the controls, were sealed up, secure from inexpert tinkering.
It could maintain a steady six miles per hour on smooth, level pavement. When confronted by hills, or rough terrain, it did not stop, but simply slowed until the task demanded equaled its steady power output.
The steel tortoise gave MacKinnon a feeling of Crusoe- like independence. *0a)
<日本語訳>
 彼は振り向いて鋼鉄の亀に荷物を積み始めた。彼は本当はロバをつれて行きたかったのだが、ロバを売ってくれる動物園が見つからなかったのだ。彼が選んだ乗り物は、ロバの代用品として見れば理屈に合わない代物ではなかった。恐ろしく頑丈に出来ていて、操作は簡単、馬鹿な間違いなどできないようになっている。低いカーブした屋根に取り付けてある太陽電池スクリーンから動力を取り、それで出力の一定したエンジンを動かすか、停まっているときは曇天や夜間の走行に備えてバッテリーに蓄電される。
 (中略)
 平坦な舗装道路では時速6マイルの一定した速度で走る。坂や険しい地形に出くわしても停まらないが、一定した出力がその仕事量と等しくなるまで速度が落ちるだけだ。(以下略) *0b)
 (出展:ハヤカワ文庫<SF685>動乱2100、矢野徹訳、p264-265)
疎外地  Coventry

 「疎外地」の主人公は自己中心的で他人を思いやる心を持たない粗野な人物である。彼はその性格故に事件を起こして捕らわれ、性格を直す矯正機関に入るか、あるいは「疎外地」に追放されるかの二者択一を迫られることになる。彼は、自分に非があるとは全く感じていないので迷わず「疎外地」行きを選ぶ。「疎外地」とは、いわば流刑島のようなもので、絶対に超えられない塀で囲われた広大な隔離地域なのだが、彼はその性格故に「疎外地」はパラダイスだと勝手に信じ込んでおり、疎外地の中の何処かに自分だけの城を築けば周囲から干渉されることなく自由な一人暮らしができると考えているのである。

 主人公が「疎外地」送り込まれるにあたって、持ち物の一つに選んだのが「鋼鉄亀」である。太陽光さえあればエネルギーを得て走り続けることができるソーラーカーは、自立的なサバイバル生活目指すにはうってつけの乗り物である。彼は鋼鉄亀に家財一式を積み込み、意気揚々と「疎外地」に乗り込むのであるが、「疎外地」に入った途端に先住者に全財産を奪われてしまう。なにしろ先に疎外地に住んでいる人々は、彼と同様、一般社会に適応できずに追放された「はみ出し者」ばかりなのである。先住者達は疎外地の中で幾つかの勢力に別れて縄張り争いをしており、彼はその中に巻き込まれていくのだが、そのうちに、とんでもない大きな企みが進められているのを知る・・・・・・

 これ以上、筋書きをバラすのは野暮なので、このあたりで止めておこう。

 ともかくSF小説に登場した最初のソーラーカー「鋼鉄亀」は、短編「疎外地」をSFらしく修飾するための粋な小物の一つではあり、それが「ソーラーカー」であると断定出来るだけの基本スペックまで描写されているにもかかわらず・・・・・・停車時にもバッテリーに充電しているとか、モーターの出力が一定なので上り坂では遅くなるなど、実際にソーラーカーを作った経験がありそうなくらいに描写は詳しい・・・・・・小説の中では、短時間、荷物を載せて走っただけで、物語から消えてしまったのであった。

ロバート・ハインライン

 ハインラインにより「疎外地」が書かれたのは1939年頃、発表は1940年とされている。ハインラインは海軍士官などのキャリアを経た後に作家デビューしており、この作品は彼が33歳前後に書いた第2作目である。第二次世界大戦直前の時期に軍隊を辞して作家に転向するなんてことが米国では普通にできたのだ。元々、理工系の技術者教育を受けており、海軍では無線通信機や航空機を担当していたとのこと。軍隊は最新鋭技術に直接触れられる場であり、大きな影響を受けたものと想像する。*0c)*0d)

鋼鉄亀:Steel Tortoise の性能

 矢野徹訳では単に「太陽電池スクリーン」とされたが、原文では six square yards of sunpower screens 直訳すると「6平方ヤードのサンパワー・スクリーン」である。矢野徹の邦訳では、ソーラーカー的には重要な面積に関する記述が略されているのだ。1ヤードは0.9144mなので6平方ヤードは約5平方m、この小説の舞台は西暦2080年頃の米国。太陽電池の変換効率が50%くらいに進歩していると仮定すると、定格2.5kwくらいである。つまりドリームクラスのソーラーカーと同レベルだ。にもかかわらず時速6マイル(時速10km以下)と遅いのは車体が重いからだろう。なんせ「鋼鉄」製である。当時、カーボンFRPなんて物は存在していない。軽量・高強度のアルミ合金「ジュラルミン」は既に軍用機には採用されており、航空機担当であったハインラインも知っていた可能性はあるが、そうだとしても当時は軍の機密事項扱いであっただろうから書く訳にはいかなかっただろう。*0e)

 半導体の基礎現象が見いだされたのが1947年以後、シリコン太陽電池が学会誌に発表されたのは1954年であり「疎外地」が発表された頃には半導体そのものがまだ知られていない時期である。ただし当時すでにセレン製の光電素子はカメラの露出計として実用化されており、技術者であったハインラインも、その存在は認知していたと思われる。たとえ、そうだとしても、小さな受光素子から自動車の屋根に広げられるスクリーンを思い浮かべ、そこから得られる電力で自動車そのものを走らせようと云う発想には、ハインラインの冴えを感じることができる。

参考資料、出展:

*0a)Technovelgy.Com http://www.technovelgy.com/ct/Science-Fiction-News.asp?NewsNum=1756
  SF小説に登場する発明品を特集したウェブ・サイト
*0b)「疎外地」, ハヤカワ文庫<SF685>動乱2100, ロバート・ハインライン著、矢野徹訳, pp264-265.
*0c)Wikipedia ハインライン
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BBA%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3
*0d)ハインライン作品リスト
  http://hajimen.fc2web.com/hein/list.htm
*0e)1937年5月06日 ヒンデンブルグ号の爆発事故とジュラルミン
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%AF%E5%8F%B7%E7%88%86%E7%99%BA%E4%BA%8B%E6%95%85
 飛行船ヒンデンブルグ号にはジュラルミンが使われていたが、開発国であるドイツはジュラルミンの組成を機密扱いにしていた。1937年5月6日にヒンデンブルグ号が米国のニュージャージー州レイクハースト海軍飛行場で爆発炎上事故を起こした際に、居合わせた日本の技術者が飛行船の破片を拾って持ち帰り、日本はジュラルミンの組成を知ることとなった。事故現場であった米国でも同様の事情であった物と推測される。

Go To (1) "Sunmobile" William Cobb (General Motors) 1955

最初のソーラーカー へ
Go To "The First Solar Car" INDEX

考古学研究所トップ へ
Go To "Solar Car Archaeology" Entrance

第一稿   2006.01.01.
追記    2006.09.24.
追記    2006.10.14.
一部訂正  2007.08.07.
全面改定 2010.11.12.

Copyright Satoshi Maeda@Solar Car Archaeolgy Research Institute
太陽能車考古学研究所 2006.01.01