The Place in the Sun

三文楽士の休日

FIA ALTERNATIVE ENERGIES CUP
DREAM CUP SOLAR CAR RACE SUZUKA 2010

2010鈴鹿編 「夢の翼よ永遠なれ」

セクション6 奈落への渦に抗う白い風



2010年8月01日(日)

15:38   サンレイク 67周 総合14位 ラップタイム5分08秒

 パンク直後は総合18位前後まで順位を落としたが、14位まで浮上。チャレンジクラス首位のMAXSPEEDは5分26秒。5分一桁台は、日が傾き、レース終了まで1時間半を切った時点でのチャレンジクラスでは、あり得ないペース。

 総合首位はOSU 91周 ラップタイム4分22秒
 追い上げるTIGA 90周 ラップタイム4分20秒

15:42(推定)  TIGAが91周目に ベストラップ更新



TIGA、予選並みのラップ3分59.8秒!。

15:49   サンレイク 69周 ベストラップ更新 5分07秒

 ドリームクラスに比較すれば1分遅い世界だが、このタイムはチャレンジクラスでは異常



(ベストラップ連発に)「どうしちゃったの?」

「高橋ドライバー、壊れちゃった。」

15:51   サンレイク 70周 さらにベストラップ更新 総合13位に浮上

 高橋が、またまたベストラップ更新 5分03秒。ありゃりゃ、ほんとに壊れちゃったのかしら・・・・と思っていたら
   「凄く飛ばしているけれど、消費電力大丈夫?」
 と、いつもとは逆にドライバーから問い合わせがあった。監督の指示は
   「かまわん、行けぇ!」

 ただし次の周からは
   「うーーーん、ちょっとやりすぎたかな。少し落とそうか。」

 この揺らぎが平澤監督の采配の妙味である。

 高橋のドライビングにもいつもの冴えが無い。ここ数年のパンクは、何故か、彼がドライブしているときにだけしか起こっていない。しかしドライビングによる摩耗そのものでパンクしたことは一度もない。第1ヒートの追突事故直前の急制動による部分的摩耗を除けば、他は皆、タイヤ起因の不良か、マキビシを踏んだこと起因するものばかりだ。

 精神的には相当にへこんでいるのだが、レース中の彼は絶対に表には出さない。ヘコミから立ち直り、巻き返しをはかる際に見せる彼の凶暴な馬力は、オリンピアに向かう山岳コース、後続車内で僕たちに悲鳴をあげさせつづけたスペシャルステージで身にしみている。

 OSU 94周 ラップタイム4分15秒
 TIGA 93周 ラップタイム4分12秒

16:09   トップガン野村 怒濤の走り


 天上界では野村”トップガン”圭祐が吠えている。ラップタイムは4分〜4分10秒前後、4時間で60周しようかという猛烈なスピードである。平均速度90km/hr、直線では120km/hrを超えているだろう。直前の追突事故のトラウマなど彼には存在しない。

 モータースポーツの伝統を擁し、1980年代からソーラーカー競技を公道で行ってきた欧米や豪州に比較し、日本でのソーラーカー公道競技は1990年代初めに数回行われただけだ。狭い国土と、警察の頑固な厚い壁に阻まれた日本のソーラーカーイベントは、競技専用のサーキットコースの中で独特の様式を生みだし、それが今、海外からも参加チームが集まるようにまで育ってきている。

 日本のソーラーカー文化を、自動車メーカーや、通産省に押された電力会社や太陽電池メーカーが支えていた黎明期は過去の姿。今の日本のソーラーカー業界は、高等学校、大学の学生チームや一般チームによる幅広い底辺を持ち、モーター(ミツバ)、太陽電池パネル(KIS等)、ソーラーカー用タイヤの様に、採算が取れるかも怪しい専用装備を生産供給してくれるメーカーが支える大きな共同体だ。

 その頂点で、
  ・産学共同プロジェクト的な形を持つOSU:大阪産業大学チームと、
  ・大学職員と学生にOBを束ねた同窓会的運営に徹する芦屋大学チーム
 この対照的な2チームの競り合いがトップレベルを引き上げ、全体のレベルアップに繋がっているのは間違いないところだ。
 日本のソーラーカーを背負い、自ら「トップガン」と名乗る自負心が彼を奮い立たせている。

16:14   西の空から厚い雲

 

 鈴鹿の天候は気まぐれだ。灼熱の太陽は伊勢湾と琵琶湖から大量の水蒸気を巻き上げ、その水蒸気が鈴鹿山脈で冷やされて積乱雲となる。海と山の間に跨る鈴鹿サーキットの夏は常に局地的豪雨の可能性と向き合っている。

 太陽の傾きが気になる時間帯に、厚い雲。レースは残り46分。バッテリーの残りが気になるところでの太陽光入力の低下により、バッテリー電圧は想定より低めに推移する。各チームともペースはやや落とし気味だが、首位を争う二台は別世界だ。

 首位OSUとTIGAのタイム差は15時30分の時点で約4分。この差を1時間半、21周想定で埋めるには一周9〜10秒速く走らなければならない。予選並みの高速の競りあいの中で野村ドライバーはそれをやろうとしている。OSUはそれを許さずと、TIGAのペースに合わせてラップタイム差がそれ以上開かないように巧妙にコントロールしているが、決してTIGAより速く走ろうとはしない。エネルギー消費の増加を最低限に抑え4分のリードを生かし切って逃げ切る考えである。双方とも作戦自体は四則演算で導ける簡単な解だ。しかしそれをラップタイムが4分0秒台という超高速の競りあいの中で実現するのは神業にも等しい。

 僕たちの目の前で、ソーラーカーレース史上、最高のドライビングテクニックが火花を散らしている。

16:30  サンレイク 77周、総合12位 ラップタイム5分19秒



Sunlake は総合12位まで回復。

 サンレイク高橋は、パンク修理による中断は挟んだとはいえ、3時間40分を超えるであろう、チーム史上最長の連続ドライブの真っ最中にある。しかもチャレンジクラス中では最速ペースを維持しているのだ。体力、精神面とも相当な負荷だが、EVOにベストな状態でチェッカーを受けさせたいという強靱な思い入れが彼の精神を支えている。


 OSU 103周 ラップタイム4分19秒
 TIGA 103周 ベストラップをさらに0.6秒更新して 3分59.2秒

 トップガン野村の執念が、ついにTIGAをOSUと同一周回に乗せた。タイム差は59秒。

 首位2台と3位のNUNA5とは1−2ヒート通算で5ラップの差が付いた。プロレーサーにとってはこれは屈辱的な状況だろう。元々NUNA5は直線主体の豪州縦断長距離レース用に設計された車両。とはいえ、鈴鹿参戦にあたり彼等は周到な調査と準備を行ってきた。3月にはチームリーダーが来日してTIGAの足回りを詳細に観察し、その情報も活かしてサスペンションを新たに製作、公式サイトには欧州のサーキットコースで試運転を繰り返すシーンがアップされている。モーターは勿論GGC優勝を狙った超高速仕様、太陽電池もバッテリーも最高レベルの物だ。最も懸念されていた足回りのトラブルを含め、ノートラブルである。その管理技術は素晴らしい。

 NUONチームの誤算は、ソーラーカーレース鈴鹿を短〜中距離のトラック競技と解釈してしまったことだろう。全車両がほぼ同程度の速度で走る一般の自動車レースとは異なり、ソーラーカーレース鈴鹿は障害物競走である。ドリームクラス上位4台だけで鈴鹿サーキットを借り切ってレースを行えば結果は違ったかもしれないが、単に鈴鹿サーキットに慣れているというだけでは十分条件を満足しなかったのだ。

16:40   チェッカーまで20分

「ああーーーーっ」

 実況DJの絶叫が、またまたサーキットに響いた。

「TIGA ペースダウン!」

 なんということか、先ほどまで火を吐くような勢いだったTIGAの速度が突然落ちた。



芦屋大学SKYACE TIGA 無念のバッテリー切れ。

 思い返せば、一昨年までは(昨年は雨天により例外)、ドリームクラス上位の芦屋大学とOSU:大阪産業大学は、第2ヒート前の太陽光充電を正午前に早々と打ち切っていることが多かった。第1ヒートのエネルギー消費が比較的少なく、第2ヒート終了時でも電力が余っているケースすらあったのだ。しかし、今年は違った。充電時間が1時間前倒しされたにもかかわらず、各チームともギリギリまで充電を止めなかった。第1ヒートでの消費が例年になく多かったのだ。それほどに両者のトップ争いは厳しかったのだ。

 TIGAは、その第1ヒートを上回るスピードでOSUに追走していた。レースは最後まで何が起こるか解らない。昨年OSUに奪われた総合優勝の座を奪い返すには、最後まで諦めずに追い続けるしか無い。

 「3分差を付けられたところで、もう結果は解っていた。でも行くしかなかった。」

 トップガン野村はレース後、僕にこう語った。彼と芦屋大学チームは、「何が起こるか解らない」可能性に自身のプライドを賭けたのだった。

16:45   サンレイクピット


 中盤での檄走が祟って、サンレイクのバッテリーも怪しくなってきた。夕刻に曇ってきたこともあって、10位以下のチームの多くは6〜7分台にまでラップタイムを落としている。チャレンジクラスのトップ争いをしているMAXSPEEDと堺市立は5分台前半で鍔迫り合いをしているが、3位が確定した柏会はペースダウン、チャレンジクラス4位のバカボンズとサンレイクの差は縮まってきている。芦屋大学BチームQUADはオリンピアクラス優勝当確となったが、しばらく前からコース上で止まっている様子。

 今の僕たちの興味は、昨年の雨に阻まれて事実上ノーゲームに近かったバカボンズとの決着と、総合10位以内に食い込めるか否かである。

16:50   ホームストレート


 常時はホームストレートの左サイド、グランドスタンド側を疾走するTIGAが、ホームストレートの右サイドを歩くような速度で下って行く。潤沢な太陽光発電量がTIGAを支えている。プラットホームの誰もがコクピットを覗き込む。竹原からは「(野村ドライバーが)指で×マークしていた。」と伝えられた。口惜しさを紛らすには戯けるしかないのだろう。だがレースはまだ終わってはいない。すぐ後ろにはNUNA5が迫ってきている。この走りとて総合3位争いなのだ。

16:54   TIGA屈辱のコース脇待避


 潤沢な太陽光発電量に支えられて、歩くような速度ながらも、なんとか走っていたTIGAがついにストップ。上野工業高校と並んでコース脇に待避させられる。17時10分までにゴールラインを通過できないと、歯を食いしばって回ったこの周回が無駄になる。そのためのエネルギーを蓄えなければならない。



サンレイク 総合11位まで復活

 総合優勝を確実にしたOSUは、ラップタイムを安全運転ラインの5分台にまで落とした。彼等もまたバッテリー残量に余裕など無かったのだろう。TIGAが、如何に派手なアクションで挑発しても、OSUの司令塔である藤田先生は決して乗らない。あくまでもクールに基本を崩さない。それが、長いエコランキャリアに支えられたOSUの伝統と曲げることのないポリシーなのである。エネルギーマネジメントも見事の一言に尽きる。

 総合12位の再輝チームは5分台を維持しているがサンレイクが1ラップリード、13位以下はいずれも7分台にまで速度を落としている。総合11位の芦屋大学BチームQUADは20分以上前からコース上で止まり、電力を蓄えている。動き出すタイミング次第で順位は微妙。チャレンジクラス4位のバカボンズには2周差を付けられているが、ラップタイムは7分48秒まで落ちている。相当に苦しいはず。

16:57   サンレイクがコントロールラインを通過。

 残り13分以内で1周出来ればなんとか41周回を達成できるが、エネルギー収支を示すグラフのカーブは底にへばり付きかけている。

16:59



TIGAが最後の力を振り絞って再発進。

17:00   チェッカー



ドリームカップの歴史を閉じるチェッカーフラッグが振られた。

17:02   OSU model S'がチェッカーを受ける。



ドリームカップ最後の王者は「銀色の飛滴」号

 目的達成の手段に、大会を休場することさえ厭わず、最後の最後までクールさを貫き通した信念が、赤い爪のタイトル奪還を阻んだ。

 先代の OSU Model S に、僕はダースベイダーのイメージを重ねていた。そのくらい憎らしいほどに強かった。「銀色の飛滴」号は、その先代の OSU model S からタイトルを奪った芦屋大学 Skyace TIGA への雪辱のために生み出された。あえて、まだ成功例がほとんど無かった四輪を選んだのは、コーナーの多い鈴鹿サーキットでの勝負を想定してのことだ。一見ズングリに見えるが、空力的には理想的なNACA形状に近い形が採用されており、四輪配置を最大限に活かして前方投影面積も極小化されている。可展面(平たい円錐形)で構成された3輪のTIGAに比較して空力的にも、コーナリング性能的にもポテンシャルは高い。

 しかし、その道は長く険しかった。シリコン系では最高レベルの変換効率を有するサンパワー社の背面電極型太陽電池を搭載した Model S' に先駆けて、さらに変換効率の高い化合物薄膜半導体のトリプルジャンクションセルを先に導入した赤い爪が、常に銀色の飛滴の前に立ちはだかっていた。

 産学連携の枠組み作りを得意とする大阪産業大学は、2007年にパナソニックと組み、前年に乾電池で飛行機を飛ばすという意表をつくキャンペーンを行ったオキシライド乾電池を使って、今度は電気自動車を時速100kmで走らせようと云うプロジェクトに乗った。車作りはお手の物だ。エコランカーで培ったノウハウを活かして設計された車両の開発期間は、驚くほど短い。問題は記録挑戦の日程だった。その日は、ソーラーカーレース鈴鹿2007のレース当日と同じ日だったのである。もちろん浪花節に流されたりはしないOSUはオキシライド・チャレンジを採り、その報酬で、TIGAと同レベルのトリプルジャンクションセルを導入した。この時の縁で今年は高性能のLiイオンバッテリーの提供を、NUONと共にパナソニックから受けた。一昨年にはカートレース界で注目を集めていた三浦愛ドライバーが入学、ドライバーの専業化を進めた。全ては打倒芦屋大学のためであった。

 ホームストレートを走り抜ける「銀色の飛滴」は誇りに満ちていた。

17:04   サンレイク チェッカー


 奈落で牙をむく魔物の渦に抗った白い風がホームストレートを走りぬける。しかしそこには、最終ラップでベストタイムを叩きだした2008年の輝きは失われていた。



最終ラップは7分09秒 

17:07  TIGAとQUADが並んでチェッカーを受ける。


 QUADはクラス2位以下に大差を付けてオリンピアクラス初優勝。もう少し早めにスタートすれば、さらに1ラップを稼ぎ、総合10位に食い込めたかもしれない。仮に途中で再び止まったとしてもオリンピアクラス優勝は揺るがないため、十分に乗る価値のある賭だと云って良いだろう。しかし芦屋大学チームは、その可能性をサンレイクに譲り、ドリームカップのフィナーレを、兄弟車2台同時にチェッカーを受ける美学で飾ることを選択した。


2010鈴鹿本編 エピローグ 夢宴の黄昏〜傷ついた獣たち

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2010鈴鹿本編   セクション6「奈落への渦に抗う白い風」

第一稿  2010.09.08.
改訂  2010.09.13.

Copyright Satoshi Maeda@Team Sunlake
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