三文楽士の休日

Phaethon2004

ギリシャ・ソーラーカーラリー道中記

a view of Kechries Bay from Highway

 




*** サンレイク アテネに倒れる ***




 

2004年 5月 24日 月曜日 ラリー第1LEG アテネ〜パトラ   211.83km

 06:00 サマータイムの遅い夜明け。磁石を貼り付けたエポキシ樹脂の硬化は十分とは言えないが、待っているわけにもいかず、モーターを組み立てて、おそるおそるモーターを回してみる。回転は、かなりスムースになった。車輪を取り付け、格納庫の中を走ってみる。トルクは出ないが、平地なら、なんとか走れそう、少なくともスタートラインに立つことはできそうだ。僕たちは、少しだけ元気と希望を取り戻した。

 

 スタート地点は、当初に予定されていたオリンピックスタジアムが工事の真っ最中で使用できないため、近くの運動公園に変更されていた。トランポに乗せての移動。今大会を全面的にバックアップしているのはギリシャ自動車連盟(日本のJAFに相当)。自動車運搬専用のトランポで、積みこみも手慣れたもの。

 

 第三のゾルバ氏が運転するトランポの助手席に私が乗り込む。車に乗り込む前に、写真を撮ってあげるのがコミュニケーションと国際親善の第一歩。ゾルバ氏も大きな旅行バッグを積み込んでいる。彼らもこれからラリーを追って一緒にギリシャ南部を回るということらしい。サンレイク号を積み込んだトランポは旧国際空港の格納庫を出て、アテネ市街をはさんで反対側になるスタート地点に向かう。トランポの台数は出場台数の半分しか用意されていないためピストン輸送である。アテネ市街地の渋滞は有名。スタート時間に全車が揃うのだろうか? 

少しでもモーターを日光に当てて暖め、エポキシ樹脂の硬化を促進させたいが、昨日は憎らしいほど照りつけた太陽が、今日は頼りない。スタート会場でもおそるおそる試走。平らなところではなんとか走れそうだが、大丈夫だろうか?


スタートゲートと調整中のサンレイク号

 

 スタート時間が近づく。前日のスピードレースの順位に従って3分間隔でのスタート。6周しか走れなかったサンレイクは、ほとんど最後の方である。しかし、スタート時間30分前になっても先導のライダー:サバスは現れない。ひょっとして私たちのために部品を探していてくれるのだろうか?  しびれをきらして、イオアニスに尋ねると、なんと!昨夜事故を起こして 膝を怪我してしまい、病院に運ばれたという。もちろん、オートバイには乗れない。確かに昨夜(今朝?)の帰りは、かなり眠そうだった。私たちのために東奔西走してくれたために、彼もずいぶん疲れてしまったようだ。たいへんに申し訳ない。怪我が軽いことを祈る。

       厄災が僕らに取り憑いているのか、それとも、僕ら自身が厄災なのか?

 代わりのライダーはクリス。初対面の挨拶も握手だけで済まし、手短に状況を説明する。モーターが壊れ、修理はしたが、スピードは出せないし、途中で止まるかもしれない、と。

 私たちのスタート順が回ってきた。不安そうに後ろを気遣いながら先導ライダーのクリスが発進し、その後ろからトロトロとサンレイク号がスタートを切る。ドライバーは高橋だが、トルクが弱く、スタートダッシュが効かないため、いつものロケットスタートは無い。アテネ市内の運転は荒っぽく、車の流れも早い。一般道への合流は命がけだ。サポートカーが捨て身で道をふさぎ、なんとか合流することはできたものの、1〜2kmも走らないうちに、上り坂。スピードが急に落ちたと思ったらハザード。サポートカーを飛び出して、助っ人の森口とクリスが危険を知らせる黄色い旗を振る中、サンレイク号を押す。


最初のストップ直後。工事中の歩道を借りて、モーターの再調整

 

  モーターは、コイルと界磁磁石との距離が近いほど回転数は落ちるがトルクは増す。逆に距離が遠いと回転数は上がるが、トルクは落ちる(磁石に加わる力が小さくなる)。まだ磁石の接着が不完全なため、大事をとって、モーターのギャップは広げてある。

 歩道を借りて、一か八かで、ギャップを縮め、トルクが出るセッティングに変更。再び走り出すが、今度は回転のスムースさが悪化し、結局、次の登り坂で2回目のストップ。ソーラーカーにとっては、大変不名誉なことに、ガソリンスタンド前で動かなくなってしまった。


ついに止まってしまったサンレイク号。ガソリンスタンドの一角に退避させて貰う。

 

複雑な表情で交通整理

 

 

 審判長(実質的に現場の総指揮者)のソクラテス氏も心配そうに立ち寄ってくれる。「もし、まだ策があるなら、パトラまでトランポ輸送してあげるが、あきらめるならグリファダの格納庫に返す」という。明確な対策案があるわけではないが、ここで諦めるわけにはいかない。

http://www.phaethon2004.org/en/news/new_detail.php?id=55

No 8 Team Sunlake faced an motor problem when it entered the Attiki Odos,

and couldnt continue. It is transported to Patras where the team hopes

to be able to repair it and rejoin the rally tomorrow.

 

 

 再び第三のゾルバ氏が運転するトランポにサンレイク号を積みこみ、サポートカー二台とともに本日のゴールであるパトラを目指す。英語が全く通じない第三のゾルバ氏との無言のドライブは辛い。サポートカーの中も、みな落ち込んで沈んでいたようだ。

 

トランポを追い抜いてゆくオフィシャル(警備)のオープンカー。手を振っているわけではない。
競技役員編隊の露払い役である。 競技役員はスタート地点で全車のスタートを見届けた後、
大急ぎで、中間ゴールに先回りして到着時間をチェックしなければならないのである。

 





*** さらに悪夢は続く ***

 




 

Rion-Antirrion Bridge

 

2004年 5月 24日 14:30頃

  高速道路を突っ走るトランポは、先にスタートしたチームの編隊を抜きながら走る。 あまり名誉なことではないが、ともかくパトラに到着したのは僕たちが一番だった。今夜の作業上になるピット(といっても、露天の駐車場)に降ろされたサンレイク号は、たちまち大勢の若者達に囲まれた。皆、興味津々で覗き込んでいる。 そう、今日のゴールは、地元ギリシャから唯一参加しているチームの本拠地:パトラ大学なのである。 あらかじめ用意していったプリントをテーブルに貼り付け即席のQ&Aコーナーを設置。大人気状態はラリートップの芦屋大TIGAが到着するまで続いた。

 

 モーターの回転子そのものの修理は、まったく同じ形で同じ磁力に磁化された磁石が手に入らなければ無理であることが良く解った。残った磁石をすべて剥がし、12極を8極に再配置する案も提案されたが、今よりましな状態で回ってくれる保証は無く、さらに偶数枚に合わせるために、正常な磁石を一枚捨ててしまうというのは、あまりにリスクが大きすぎる。もし回ったとしても、回転力は8/12にまで落ちてしまう。明日は標高750mまで坂を上らなければならないのだ。

  我々以外にも同じNGMモーターを使っているチームはいくつか参加している。

 「ハンスGo」で参加しているドイツ、イギリス連合チームFH-BOCHUMは、以前のレースで壊してしまったNGM社のモーターを予備部品として持っているという。話をしてみると、型式はサンレイク号と同じSCM−150型、不具合はベアリング部分であり、回転子は使えそうだとのこと。案内役に指名されたラルフが下村、竹原、森口とグリファダの格納庫まで220kmの道程をモーターを取りに帰ってくれることになった。


FH-Bochum(HansGo)チームに相談

このエピソードは FH-BOCHUM のHPにも紹介されている。 < http://www.fh-bochum.de/solarcar/phaeton2004/> 
パトラス大のゴールでは、たくさんの観衆がワイワイと集まり、ソーラーカーの外見に興味深々でカメラを向けていた。スタートフィールドでは、ドライバーの一人、Angela Lohbergがインタビューに答えていた。Ralf Zweeringは、東洋人のソーラーカーを緊急修理するためにBochumerの残しておいた中古のスペアパーツを取りに、日本のサンレイクチームとアテネへ帰っていった。8時間ほど経過した真夜中、彼は帰ってきた。彼の日本語ボキャブラリーは飛躍的に上達していた。日本のサンレイクのクルーは、明らかな援助に対して深く感謝していた。(原文は独語、邦訳 by HANA)

 

 彼らの出発直後、車を点検していた僕たちはリチウムポリマーイオン電池が収納されたバッテリーボックスの異常に気が付いた。ボックスの下部が崩れて電池が、はみ出しているではないか!。バッテリーボックスはオフィシャルにより封印されているため、許可を取って解体してみる。当初はトランポ輸送の振動でやられた?のかと勘ぐったが、事態はより深刻だった。Phaethon2004では、バッテリーの搭載重量がDreamCup SUZUKAの1.5倍に増やされている。そこで、今回は鈴鹿仕様の二並列系にさらに一並列系を買い足して三並列に増やしているのだが、その三系列目が膨れあがり、一部は液漏れを起こしている。典型的な過充電症状である。古い二系列は、外から見る限り異常なし、新しく追加した系列だけが膨れている。新品の電池の方が内部抵抗が低いために充電効率が高く、電流を吸い込みすぎてしまったのだろう、との芦屋大の盛谷先生の診断である。高い授業料だった。三系列目を切り離して電池ボックスを再封印。燃料タンクの1/3以上を失ったも同然であるが、二系列が生き残ってくれたことを不幸中の幸いと思うことにしよう。落ち込んでいる暇はない。


 

 のこった僕たちはNGMモーターを使っているもう一つのチーム、エール大学チームに相談に行くことにした。彼らが予備の持ってきているのはNGM社の旧モデル、SCM−100型であり、サンレイク号が使っているSCM−150型とはずいぶん形状が違う。

 「FH-Bochumチームから借りようとしている回転子が使えなかったら、予備のモーターを貸してもらえないだろうか?」 遠慮ぎみにお願いする僕たちに、エール大のリーダー、デヴィドは「代用としてではなく、このモーターを使って走りたい、というのであれば貸しても良い」ときっぱりいう。 あいまいなことが嫌いな米国人の気質に遠慮は無用である。 FH-Bochumチームとグリファダまで戻っているグループには申し訳ないが、こちらのモーターは壊れているわけではなく、動くことが保証されているのだ。 迷わず、エール大からモーターを借りることにする。

 

 サンレイク号のモーターの取り付け方は独特であるため、そのままではエール大から借りたモーターを取り付けることはできず、取り付けるための新しいシャフトを作らなければならない。旋盤を使っての加工が必要だ。幸いサンレイクには鉄工のエキスパート太田がいる。ここは工科系の大学だ。道具さえ借りれればなんとかなる。周囲はまだ明るいが、夏時間の時刻はすでに20時を回っている。再封印されたバッテリーは、バッテリー保管庫に格納されてしまったため、モーターを回すことができるかどうかのテストすらできないが、とにかくシャフトを作ってモーターを取り付けなければ。

 オフィシャルに大学の機械を借りることができないかと、頼むと、「すでに遅すぎる」とのこと。実は17時頃に機械加工をするならこの人に頼め、と大学の関係者を紹介されていたのであるが、そのころは、まだモーターを借りる話は出ていなかった上に、パンクした電池の処理で頭がいっぱいだったのだ。

 

ここまでか・・・

 

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