三文楽士の休日

Phaethon2004

ギリシャ・ソーラーカーラリー道中記

 

特設サーキットのピットエリア

 




*** 悪夢のはじまり ***




 

2004年 5月 23日 日曜日 サーキットレース

 08:30  フリー走行。昨日、あまり試走できなかった高橋が乗り込み、コースの確認。

 09:40  予選開始 時刻はギリシャ時間で進み、なかなか予告通りには運ばない。ドライバーは平澤。タイヤの摩耗とエネルギーがもったいないので一番に飛び出し、最低周回数で済ます。後輪を外して、モーター再調整をしている最中に、なんとオフィシャルの計測ミスで、一周足りないからもう1周走れという。残り時間10分弱 大あわてで組み立て直し、コースに飛んで戻るが、今度は時間切れで、今の一周は無効だという。下手な英語の怒号が飛び交う中、こんどは回数は足りているよ、との訂正が入る。いったいどうなっているんだ!? 声が大きい方が勝つというギリシャ流の解決なのか? 一周分のエネルギーをどうしてくれるのだ。


本線第一ヒート。予選は4位で好位置からのスタート

 

はるばる日本から応援に来てくださったサンレイク創設メンバーの一人 西田さんと。

「よくここまで続けて育ててくれた。嬉しいねえ」
実は筆者を最初にサンレイクに誘ったのは他ならぬ西田氏であった。(10年前)

 

 11:00 本戦第一ヒート開始。サンレイク号は4番グリッドと好位置からのスタート。 トップ争いは、因縁の対決、TIGAとOSUに任せ、第二集団の中で、どこが3位に食い込むことができるか?が参加者の興味の対象である。 サンレイク号も性能的には十分に射程内。

ハンドルを握るのはソーラーカーレースのスタートを変えた男、との異名を持つロケットスタート高橋。いつものようにNGMモーター独特のうなり音を響かせ、ソーラーカーらしからぬスタート。調子よく走っていたが、6周回目にモーターから異音がし、急にスピードが出なくなった。ピットロードを過ぎたところでストップ。 FIAのルールでは、ドライバー以外はコースに入ることはできない。ゆっくりと再スタートし、歩くようなスピードでコースを一周してピットに戻る。早速 異音がするモータを分解すれば、なんと!モーターの回転子の磁石が剥がれているではないか!。


磁石が剥がれてしまったNGMモーターの回転子 こちらは固定子側のコイル

 

NGMではよくある話らしい。帰国後に、同じような故障例の画像を
ネット上でいくつも見つけることになろうとは・・・・・・・・。

 

 僕たちが使っているNGM社のソーラーカー用モーターは車輪のホイール部分に組み込まれて、チェーンや歯車を使わず、直接タイヤを駆動するものである。回転界磁型で固定子側にコイルがあり、回転子は磁石だけで構成されている。その回転子の12極の磁石のうち3枚が剥がれ、さらに、磁界反転の信号を取り出すホール素子用の小さな磁石が3組も剥がれ、うち二組は粉々に砕けて紛失してしまっている。固定子のコイルにはざっくりえぐられた様な深い爪跡が。

  基本的には電動自動車であるソーラーカーの心臓ともいえるモーターの故障は致命傷である。しかしトラブルには慣れっこの僕たちは、この時はまだ、このトラブルの本質に気がついていなかった。剥がれた磁石を元通りに貼り付ければそれでいいんじゃないか、と。

 剥がれた磁石の裏側に残っていた古く劣化した接着剤をヤスリで落とし、無くなったホール素子用の小さな磁石の代わりには、透磁率の高い材料が良いだろうと、ちょうど良い太さの鉄製の六角レンチを切り落として作った鉄片を、エポキシで埋め込んだ。速硬化のアラルタイトを持ってこなかったのは失敗だ。しかし、17:30からの第2ヒートまでには十分時間がある。気温も高く、それまでには硬化するだろう。


剥がれた磁石と鉄片をエポキシ樹脂で貼り付け、クランプで固定し、硬化を待つ。 樹脂の
硬化を促進させるため、太陽熱が利用可能な屋外で作業する。幸い黒く塗ってあるので触りにくい
くらいに熱くなる。太陽が出ている限り太陽を利用するのがソーラーカーの流儀なのである。

 

 サンレイク号のNGMモーターは、通常は回転子と固定子とのギャップ設定を狭めにしてある。そのほうがトルク(回転力)が強く、スタートダッシュや登坂に有利である。しかしながら、今回のサーキットレースは、滑走路をコースに流用しているだけあって直線距離が異様に長いため、最高速優先の設定に変えた方が有利である。そのために固定子のコイルと、回転子の界磁磁石とのギャップを広げておいたのだが、フリー走行と予選の時の振動で狭まってしまっていた。エポキシの硬化を待つ間、余裕綽々?で ギャップ間隙を固定するためのパーツを製作する。

 エポキシの硬化を待って、恐る恐るモーターを回す。期待とは裏腹にシャックリするような不安定な走り。これは少々やっかいなことになりそうだ。腰を落ち着けて作業するために格納庫に戻り、再度、回転子を詳細に解析する。無くなったホール素子用磁石の代わりに入れた鉄片の極性が本来の方向とは逆になっていることが解りこの部分を外してみた。隣の磁石の影響で逆極性が誘起されていたのである。回転は、やや、ましにはなったが、相変わらずしゃっくり状態。少なくとも鉄片ではホール素子用磁石の代わりにはならないことを悟った僕たちは、たまたま工具箱に入っていた小さな磁石(ご丁寧に瞬間接着剤でブロックに組まれている)をバラし、サンダーで厚みを調整して、本来の極性の向きになるように埋めてみた。回転はさらにスムースになるにはなったが、相変わらず回転力は乏しい。


  

 

 小さな磁石を近づけて、加わる力の向きで、剥がれてしまった磁石の部分を詳細にチェックする。なんと、トルクを得るために必要な外周部の磁極が逆になっているではないか!。これではスムースに回るわけが無い。おそらく剥がれた際に磁石がコイルに触れ、コイルの発熱に摩擦熱が加わりキュリー温度を越えて、その部分の磁性が消えてしまい、正常な部分の影響で逆極性が誘起されてしまったのだ。磁性がおかしくなった部分を切り落とし、その部分に正規の方向に新しい磁石を埋めない限り、まともな回転は得られない。しかし、堅くて脆い磁石を切り分けるための工具も、代わりになるような都合の良い向きに磁化された磁石もここにはない。


  

車座になって回転子を囲み、みんなで磁石の配置を悩む。

 

 スピードレースの第2ヒート復帰は絶望的。それどころか、このままでは、明日からの長距離ラリーのスタートラインに立つこともできない。このままではギリシャを走ることができない。僕たちは、ここにきて、ようやく事態の深刻さを悟った。暗く重い沈黙が格納庫を支配する。

 

 





*** 先導ライダー達 ***




 呆然としている僕たちの前に、一台のオートバイが止まった。明日のラリーで僕たちのチームを先導してくれるライダーのサバスだ。挨拶のあと、ラリー中の注意事項を説明しようとするサバスを遮って、状況と事態の深刻さを説明する。工具と代わりの磁石を手に入れることはできないだろうか?

 すぐに事態の深刻さと、トラブルの本質を理解した彼は、友人のイオアニスをつれてきてくれた。イオアニスはエール大チームの先導ライダーであり、仕事はメカニシャンだという。イオアニスはすぐにバイクにまたがり、新品の歯がついたディスクサンダーと鉄片類、壊れたスピーカーの磁石などを持ってきてくれた。日曜午後ギリシャではほとんどの店舗が閉まっており道具や資材を調達することは事実上不可能、自前で工具や材料類を持っている彼らと出会えたことは奇跡に近い。格納庫に響く歓声。ギリシャの神々が僕たちに救いの手をさしのべてくれている。


 

ラリー競技で道案内役を務めてくれるライダー達

 

 ラリー競技中にソーラーカーを先導してくれるライダー達は、ギリシャ自動車協会の募集に応え、このイベントのために休暇をとって手伝ってくれるボランティアだという。彼らも僕たちと一緒に走るのを楽しみにしていたわけだ。なんとしてでも走れるようにしなければならない。

 明日の出走までに残された時間は少ない。それまでに磁石を加工し、回転子に貼り付けたエポキシが十分な強度まで硬化してくれるだろうか?


平澤をオートバイの後ろに乗せて工房に向かうサバスとイオアニス。
サバスの趣味を聞いた平澤の一言。 「You have a great hobby.」

 

  議論に加わって一緒に対策を考えてくれていたサバスがリキッドメタルの使用を提案する。彼は無線操縦の模型飛行機作りが趣味。材料や電気機械の知識も豊富で、僕たちが探している磁石の特性についても十分に理解してくれている。リキッドメタルは、オートバイの修理に使うという。サバスはアテネ市内のイオアニスの工房まで平澤を後ろに乗せてリキッドメタル、ほかの必要な資材を取りにいってくれた。

 その間に、早速、磁石の異常部分の切り落とし作業が始まる。高磁力の磁石は非常に硬く脆い焼結合金製であり、それを手作業で切り分けるなど前代未聞。少しでも手元が狂うと欠けてしまう。その上、キューリー温度以上に温度を上げてしまうと磁性が消えてしまう。水で冷やしながらの慎重な作業。キュリー温度が何度かは解らないが、トラブル時の発熱で超えてしまったくらいなので、そんなに高くないのは確か。アイアンワークのエキスパート、太田の絶妙な技が光る。


 

磁石の不良部分を切り落とし、小さくなった磁石を、トルクを得るために外側にずらして貼り付ける

 




2004年 5月 24日 00:00   日付が変わった。

  

 せっかくのリキッドメタル(金属フィラーを分散したエポキシ)だったが残念なことに鉄分が含まれている事が解り、使用を断念。鉄の部分に逆極性が誘起されてしまうために、せっかくの磁石の再配置による磁極分布がくずれてしまう。結局、おかしくなった外周部を切り落とした磁石を、トルクを得るために、めいっぱい回転子の外側にはりつけることにした。その分、内周側の磁石が足りないことになるが、残念ながら、その部分を埋めるのに使えそうな磁石はない。すでに午前3時。大急ぎで磁石を貼り付け、クランプで押さえつける。

  昼間はTシャツ一枚で過ごせる暑さだが、夜の冷え込みは上着を着ていても寒い。エポキシの硬化を早めるためにドライヤーで朝まで暖めることにする。全員が疲労と睡眠不足でつぶれるわけにはいかないので、私が残り、朝まで寝ずの番。サンレイク号がリタイヤした直後、スピードレース中にアポロ号を仰向けにひっくり返ってしまった南台湾大のメンバーは、夜を徹して、太陽電池の再配線中。ドライバーに怪我が無かったのが奇跡のようだ。傷ついたガリヒ素太陽電池が痛々しい。

  

 

徹夜で太陽電池の再配線を行う南台湾大チーム

 

 

レース自体はTIGAが数秒の差でOSUをかわし、1位と2位。3位にはサンレイクと同舟だったファルコンが入り、上位を日本勢が独占するという結果に終わった。欧米やオーストラリアから参加しているチームも強豪揃いなのだが、レース用タイヤを使用したチームは軒並みパンクで表彰台争いから離脱したようだ。最初からオートバイ用タイヤを持ち込んだ作戦自体は大正解だったのだが。

 

 





 「皆さん、本当に楽しそうですねえ。他のチームはもっとピリピリしてますよ。」 出発前の打ち合わせ(5月12日)を取材に来たダッシュさんの一言である。 「へえー そうなの?」。 僕たちは単なる楽観主義者の集まりなのか? いやそんなことはない。前回の海外遠征WSCC Malaysia 2001ではレース初日のピット作業中に追突されて車両後尾を大破するという大トラブルに見舞われた。しかし徹夜で修理し、翌日のレースにはしっかり復帰した。最近の国内レースでもトラブルだらけ、そう、レースにトラブルはつきものだ。それに、何がおこったって、マレーシアよりひどいことにはならないさ。

 

出発前の僕たちは皆、ギリシャの青い空の下を

快活に走るサンレイク号の姿だけを思い浮かべていた。

 

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