The Place in the Sun

三文楽士の休日

Solar Car Seazon 2012
and
FIA ALTERNATIVE ENERGIES CUP SOLAR CAR RACE SUZUKA 2012

2012鈴鹿 本編

2012年8月00日 滋賀県某所 サンレイク秘密基地
00. Aug. 2012. Sunlake Garage, Otsu city, Shiga Prefecture.


実時間はプロパティより4分17秒前


§1.東方への道
§2.交わることのない黄色いメビウス
§3.茹だるピットを切り裂く氷点下の叫び
§4.昂揚する伝説
§5.過ぎ去りしドラマ

§6.晴れ渡る日

・資料編

 安全構造体に関するブリーフィング資料
 参加車両 ドリーム、チャレンジ、オリンピア
      エンジョイ1 エンジョイ2
 Ene-1 GP EVパフォーマンスチャレンジ
 公式通知
 その他

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§1.東方への道

2012年8月2日(木曜日)

 20時。ソーラーカーレース鈴鹿2012、車両搬入が可能となる開門時刻。僕は国道一号線を東に向かって走っていた。
 車両のユニック車への積み込み開始は2時間半前。秘密基地を発ったのは約1時間前だ。できれば開門時刻までに、たどり着きたかったのだが、大津市内で寄り道して必要資材の買い出し等々している間にラッシュにはまってしまった。ようやくこの時刻になってジャムから解放されたのである。

17:30 積み込み開始 瀬川の応援無しでは

18:50 積み込み完了 19:00 秘密基地出発。


 例年は日付が変わる前後に自宅を出発するのであるが、今年は秘密基地から鈴鹿サーキットへ直行である。
 何故かというと、受付&車検開始時刻が例年の金曜朝08:00から06:30〜に大幅前倒しされたからだ。いつもは金曜未明に到着した僕が順番待ちの列に並び、秘密基地を05:00頃に出発し、07:00頃に到着する車両と入れ替わるのであるが、06:30受付開始となると、そうはいかない。ならば、前日中に車両を運び込んでしまおうということになったのだ。

21:17 鈴鹿サーキット着

 希望時刻より1時間以上遅れてしまった。早速、車検場の前に向かうと・・・・悪い予想通り・・・・今年も2番である。フリータイムの多い学生諸君には敵わない。

 今回のピットは31−32番。千葉黎明高校チームは既に到着し、荷ほどきも済んでいる。

 ピット内は活気十分、キムヒデ先生も既に活動中であるが、到着しているチームは流石にさほど多くはない。

21:45 芦屋大学チーム到着
府立堺工業高等学校チームは夜食中
OSU
KAIT

ひととおりピットを回ってご挨拶した後、

22:00 汗を流しに「花しょうぶ」の湯へ。鈴鹿中心部の巨大なショッピングモール内にあり、サーキットからも近い。

23:00頃 「花しょうぶ」からの帰り道、竹原からサーキット到着の連絡 

23:44 大阪工業大学チーム到着
23:50 同じピットになるチーム・サウザンド到着







2012年8月3日(金曜日)


0:05

サンレイクのメンバーの普段の活動場所は全国バラバラだ。平澤は東京、高橋は大阪だが中国出張が多い。竹原と僕は滋賀。北村も滋賀だが最近は山口県の岩国工場に籠もる日が多くなっている。ここまでのメンバーが揃ったのは日付が変わってからだった。早速アンロード。

登録メンバーの上限は8人。3人足りないのでメンバーの家族と、日頃お世話になっている岡田氏にもお手伝い頂く手はずになっている。

0:55

 順番待ちを確認しに行くと、すでに列は成長しだしていた。
 一番が神戸高専 二番がサンレイク、次いで芦屋大学、サンシール。平塚工業高校

1:30

 仮眠に入ろうと車のシートを倒したが、ピットに近い駐車場内は思いの外ノイジーで寝付けない。静かそうでかつ夜が明けても日陰になりそうな建物の横に移動し、ウツラウツラしかけると、突然、近くで機械が唸りだした。大型空調機器の室外機のようだ。しょうがないので建物の陰は諦め、離れた場所に移動してようやく眠りにつくことができた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


§2.交わることのない黄色いメビウス


5:10

 目が覚めると周囲は既に明るい。

 熟眠できたのは この網戸 のおかげ。



 ピットに戻ると、シャッターの柱に、昨夜には気が付かなかったシールが貼られていたのに気が付いた。

 POP YOSHIMURA 日頃、自動車レースにもオートバイレースにも全く関心のない僕でも知っているヨシムラレーシングチームのステッカーである。正確に言えば、レーシングチームとして知っているわけではない。マシンを極限まで研ぎ澄ますチューニング技術者としての吉村秀夫氏を存じ上げている、というべきであろう。

05:32 柏会到着


5:58
 車両をピットレーンに押し出す。

6:05
 少し送れてカウルの移動。


6:10
 あれよあれよという魔に10台くらいが列を作ってしまった。
 別に速すぎるわけではない。車検開始時刻は20分後なのである。

 僕は車検列をメンバーに任せて、受付へ。
 チャレンジトップは中岡先生
 「ドライバーの最年長、だれかなあ?」
 「そりゃ、中岡先生でしょ」
 「再輝の高崎さん、来はらへんから、やっぱりそうかなあ・・・・」

6:30
 受付開始 失礼ながら、意外にスムース。

6:39
 受付修了。受付で車検用紙に検印をもらい、その用紙に検査結果を書き込んでいう時間差を持たせるのが本来の形であろうが、実際には受付と車検が同時に始まっているので、車検開始直後には検印が押された車検シートは存在しない。それでも車検作業を進めないわけにはいかない。そもそも、開始時刻が昨年より1時間半も前倒しされたのは、昨年、全車両の車検が午前中に終了しなかったからである。つまりは、車検列に並んだ順番で受付していかないと、車検作業が滞るのである。

 現実の運用は、検印無しの用紙でも黙認されている様子。

 午後にははフリー走行という名の実質的な予選があるので・・・・・・・事実、日本語では「フリー走行」だが、英語表記は「plactice」・・・・・・・・午前中に終わらせなければならないのだ。


6:42
 車両には、あらかじめ車検に必要な書類を揃えた予備セットを備えておいたので、車検作業は順当に進みつつあった。そこに検印ありの書面を差し出したら、なんとも面倒くさそうな顔で写し直してして貰えたが、このタイムテーブルに押し込んだからには、しかたがないのである。


6:46
 サイズ、車重チェック修了

6:48
 視界チェック ウインカーブレーキランプ チェックOK

 ここで、バッテリー配線に手間取っていた先のチームを抜き、

6:51
 ブレーキテスト 一発合格
 脱出テストも一発合格

6:55
 車検場に戻って 電装系とバッテリーのチェック

 充電部が剥き出しだ と注意されたが、おとがめ話

 ここでロールバーのバックステイがひっかかりかけた。規則書には「図のようなバックステイを付けろ」との記載があり、規則書の図にはバックステイを2本持つロールバーが描かれているのである。

 「バックステイは二本要るんじゃないか」
 「図には2本書いてあるが、文章の方には本数はしてされていませんよ」
 「うーーん。確かに本数は書いてないけどなあ・・・・・。
  一本でもしゃーないか。これは(後で)報告やな。」

 もやもやが残る判断であったが、この件の顛末はこの日の夕刻に決着することになる。


7:08
 バラストの封印

7:09
 車検終了のステッカー「26」を頂戴する。車検首位奪還である。

 その後は毎度の車体整備開始。まずは後輪。
 サスペンション付けねを補強・改修したため、狂いが出ているのだが、なにせ秘密基地近傍には水平が出ている平面が無いので細かな調整ができないのである。

09:42 竹原家到着

09:44 岡田家と高橋家 ほぼ同時に到着

後輪に次いで前輪調整。なんとか10:30過ぎに決着させた。
これで「あおき」の開店時間前に並ぶことができる。

あおき


ブリーフィング

13:30

競技委員の紹介とお決まりの競技規則の説明であったが、イエローフラッグの運用に関するところで、引っかかりが出た。

 イエローフラッグは事故などの緊急時に振られ、その間は追い抜き禁止である。追い越しを行った場合にはペナルティが課せられる。実際、昨年の大会では芦屋大学Aチームにペナルティが課せられた。

 イエローフラッグの運用は(規則書に書かれているとおりに)行うんですね?

 でも、ソーラーカーレースでは、車両間の速度差が非常に大きいですよね?
 (急に抜くなと云われても、結果的に抜いちゃうって場面も出てきますよね?、

 速度差が大きいのは認識しています。だからイエローフラッグは、そう安易には出しません。

 止まりそうな速度で走っている車両も出てきますよね。

 走行できない車両はコース外に出てもらいます。

 そういう車両でもイエローフラッグが出ている間は追い抜いて行けないと云うことですか?

 走行できない車両はコース外に出しますから、追い抜き禁止の対象にはなりません。

 イエローフラッグの運用として、そういう極端に遅い車両(と早い車両とが共存し、速い車が追い抜いてしまわざるを得ない状況になった際)の場合はどうするんですか?

 イエローフラッグは安易には出さないと云うことです。

 イエローフラッグは規則書通りに(追い抜きしたくなくても、元々の速度差がありすぎて追い抜いちゃったって場合でも追い抜き禁止違反と云うことで)運用するということですね。

 F1レースのように参加車両の走行速度が拮抗している場合はともかく、ソーラーカーレースでは、車両間に数倍レベルの速度差がある。レース終盤ともなれば、電欠ヨレヨレで歩くような速度しか出せない車両と時速100km以上で巡航し続ける車両が共存するのだ。高速道路にシニアカーを持ち込んだに等しい速度差の世界がそこにある。時速100kmで走るTIGAに突然、シニアカーを追い抜いてはならない、と云っても、現実に「止まる」に等しいレベルまで減速できるかどうか、はたして減速を強いることが安全なのかというところに問題の本質がある。

 











§3.茹だるピットを切り裂く氷点下の叫び


13:43

フリー走行開始、
 走り出すと突然、車体から「キュキュキュ」と擦れるような音が出だした。
 「えっ!?」顔を見合わすピットクルー。

 ちょうど通りかかった池上さんから「異音がしてましたね」

 「なんだなんだ、何が起こった!?」

 そんな僕たちの戸惑いに気付いたのか、気付かなかったのか平澤はかまわずコースへ向かって走り出した。

  ピットから電話を入れるが、車内では他の騒音が大きくてあまり聞こえていない様子。


14:05
  ドライバー交代とタイヤ交換の初練習


14:32
 カウル開けてびっくり 「枕」が後輪スパッツに入り込み、後輪を削っていたのだ。
 異音の正体はこれだった。

 「確かにな、転がりが異様に悪いと思ったんだ」
 
後輪には溝ができていた。結構ヤバイ状況。


「枕」とはカウル後部とシャーシ間のクリアランスを支えるためのパーツ。発泡ポリスチレンを芯にしたCFRP製だが、かなり手抜きな作り方したせいで、一見して車体の一部には見えない。さらにはクリアランスの方が広すぎて、ほとんど支える役にもたっていない。と、いうことで、御引退願うことになった。

 フリー走行は、実質的に予選なのだが、僕たちの一番の目的は9直108Voltで走る感触をドライバーに掴んでもらうことだ。意図せずブレーキがかかっていたという点で一抹の不安は残ったがタイムは、ほどほど。
 ソーラーカーレースは、元々参加車両の速度差が大きいため、スタートグリッドの位置は「スタート直後の映像で目立てるかどうか」という要素以外には、さほど大きな意味を持たない。

15:30 車両整備+バッテリー充電

 予備バッテリーは二年前の本戦用。8直96Voltなので、万が一の保険として持ってきただけである。フリー走行で使ったのは9直108Voltの感触をつかむために本戦用バッテリーを使っている。明日の出走前点検、バッテリー封印時刻までにフル充電にしなければならない。

 平行して、後輪を本戦用に組み替える。

15:32

 それは、バッテリーを9並列に組み替えて充電を開始した直後だった。

 「あっ」

 後輪サスペンションのナットを締めていた高橋が小さな叫びを発した。

 茹だるピット内に籠もった熱気の塊を、その小さな叫びは、極低温の刃が発するような鋭さを持って切り裂いた。

 高橋の手には、ナットが食い込んだ状態でねじ切られたシャフトの先端が握られていた。

 後輪に埋め込まれたミツバ・インホイールモーターの中心軸を支え、後輪の角度を固定するためのロッドエンドをつなぎ止めるためのチタン製シャフトの先端がねじ切れたのだ。






§4.昂揚する伝説



15:33

 「来たねえ」 平澤がつぶやいた。

 2004年の初夏、ギリシャで開催されたPhaethon2004で、僕たちはソーラーカーの心臓であるNGMモーターを失った。回転子に貼りつけられていた界磁の永久磁石が走行中に剥がれ落ちて砕け、同時に固定子側のコイルの表面絶縁皮膜をえぐり取ってしまったのである。

 代わりのモーターとして選んだのが、現在使っているミツバ・インホイールモーター(逆回転仕様)である。ギリシャからの船便で、日本に車体が到着したのは鈴鹿の2週間前。あらかじめ頼んでおいたミツバモーターをNGM用に作ってあった後輪サスペンションに取り付ける難手術は名医「太田鉄工所」である。

 その時に作られたのがこのチタン製の特製シャフト。

 代替パーツなどあるわけもない。
 手持ちの工具で細工できるような半端な素材でもない。

 後輪サスペンションは片持ち構造のダブルウイッシュボーン型である。モーターの加重自体は折れたシャフトとは逆側で支えられている。ただ、後輪の水平方向は固定されていない。だからシャーシとシャフト先端間をロッドで繋ぎ、後輪の水平角を固定しているのである。走行中にこのシャフトが外れたら、真っ直ぐ走れ無いどころか、即座にサスペンションに強力な横ひねりが加わりシャーシ後尾がもぎ取られてしまうだろう。

かなりシリアスな状況なのだが・・・・・・・・・・・・

 「こうで無くっちゃねえ」

ニヤけている場面では無かろうに。

すぐに頭をよぎったのはプロジェクトXで放送されたヨシムラ伝説である。

 8耐の最中に前輪固定用スタッドボルトの先端をねじ切ってしまいナット止めができなくなった。前輪ホイールの取り付けが甘いまま、ライダーは「このままでも数周は保つだろう。その間に対策を考えてくれ」と言い残してピットアウト。ピットでは固定用キャップ側を薄く削り落としてナットをねじ込むことを考案して見事完走し、巨大メーカー「ホンダ」を破って町工場「ヨシムラ」が優勝したのであった。

 ロッドエンドを薄く削ってしまえば、残ったねじ山でもなんとかナット止めできるんではない? 予備パーツボックスから同サイズのロッドエンドを掘り出し、早速ディスクグラインダーが唸り出す。

さらにもう一案。

 ロッドが開かなければシャフトから抜けることはない。根本に近い位置で、ロッドが開かないように強力なバネで引っ張るか、あるいは高強力のザイロン繊維で縛り付けてしまおう。

 しかし、こういうときに限って、肝心のザイロンクロスも予備パーツのスプリングも持ってきていないのである。

15:45
 ロッドエンドの削りを行っている間にメンパパ氏とF1マートへ買い出しに向かうが・・・・・ウウム、明らかにアヤハディオやコメリより品揃えが貧弱である。

16:24

結局 1案は、ナットを留めるまでには薄く削ることができず断念。

 2案用に調達した部品も使えず、

 第3案 折れたシャフトの根本側の大きなナットを利用して即席で作った留め金を固定し、ステンレスワイヤーで縛り付け

 さらに、手抜きの2案 ロッド根本もステンレスワイヤーで開かないように縛り付け

見た目はものすごく悪いが・・・・・、

さらに、後輪用のバネのストロークを延ばすと、後輪スパッツの前が擦るようになってしまった。
ザイロンーカーボンコンポジットを、木工用の回挽き鋸で曲線カット

まあ、5時間くらいは大丈夫だろう というレベルに仕上げることはできた。


17:30 非公式meeting

4輪化の話か?と身構えたが 安全構造体の考え方に付いての解説だった。

第1ロールバー(ドライバー席の前方)を設けてあっても、強度やステイによる補強が不十分だと、ロールバー自体が倒れて、ドライバーの頭や顔面にぶつかる危険があること。バックステイの取り付け位置が不適だと補強の役目を担わないこと等々。

形式的な話ではなく、中身のある議論は大歓迎だ。

 meetingには車検担当のオフィシャルメンバーも参加していたので少し意識してバックステイの本数について、どう考えるべきかと質問してみた。規則書には2本のバックステイを持つロールバーの図が例示してあるのだが、サンレイク含め、多くのソーラーカーのバックステイは1本である。

 期待通り、バックステイ1本の場合には、ロールバー頂上部から後ろに支えることになり構造的には好ましい。形式的な本数ではなく、安全構造体の機能として考えることが重要である旨の回答を得た。

 規則書にある安全構造体は、ドライバー席の後ろに嵩張るエンジンが積まれ、ロールバーの頂点から真後ろに伸びるバックステイを取り付けることができない場合を想定した図なのである。巨大なパワートレインを付随する内燃機関に比較して、ずっと小型であり、さらにはもーたーのインホイール化も進んでいる電動車両には、ガソリンエンジンを搭載した車両とは異なる設計思想が必要である。安全構造体についても同様。代替エネルギー車両の競技規則が、旧来のエンジン車両と同じ設計思想に縛られているのであれば、それは進歩の足かせになっているに過ぎないではないか。

17:49

より、議論が深まることを期待したが、質問したのは一人だけで修了。みな今日は早く休みたいのである。


17:57 内山さん登場

18:10 柏会 モーターの調子悪そう

 今晩はベットで寝れるのであるが、その前にやらねばならないことがある。

20:00 大宴会開始

 メンバーが広域拡散している当チーム。全員揃うのは一年で一度だけなのである。







§5.過ぎ去りしドラマ


2012年8月4日(土曜日)


07:45 鈴鹿サーキット着

 早朝からエンジョイクラスの本戦が始まっている



こちらはバッテリーの仕上げ充電中

出走前点検

グリッド押し出し

スタート

快晴。調子はよい。貯金がぐんぐん貯まって行くではないか。
行けそうな予感だが、

1時間経過

雲が空を覆う。 太陽光入力が見る見る落ちてきた。
貯金はすぐに尽きた。しかし、他チームはペースを落とす気配がない。


2時間経過

ドライバー交代

3時間経過

4時間経過

 バッテリー電圧が急激に下がりだした。
 「ええ? これで終わりかよ」

 「止まりそうだな」


参った。コース上で充電


チェッカー
「動いた? 今どこ? ウンウン、バックストレート」
「遠い、スプーンが遠い、時速は 40km・・・・30km? ウンウン がんばってくれ

「スプーン回った。 時速30km? 電圧は?  45Volt? 」

 ・・・・・

「シケイン、やった!

「来るぞ」


昨年は待ち望む僕たちの前に姿を見せることができなかった「サンレイク」がホームストレートに戻ってきた。








§6.晴れ渡る日

2012年8月5日(日曜日)

 昨年から、ソーラーカーレースを金土日の3日間から金土の二日間に縮め、日曜に開催されることになったEne-1GPが開催されている。
 昨年はソーラーカーレースで、人も車もエネルギーを使い果たし、
 車両をガレージに格納しに帰った土曜の夜には、道中と地元のダブル夏祭り花火大会の大渋滞に巻き込まれ、とても見に来ようという気力は残っていなかった。

 今年も人間の体力の方は似たようなものだったが、なんとして見ておかねばならないデモンストレーションがあったのである。

 パドックのにぎわいはさほど変わらないが、やたら人が多く感じる。事実多いのだが、実際上に人数を多く見せているのは車両が小さいからだ。ほとんどの車両用がWEM用の超小型EVである。車両高さも幅も50cm、長さだけは3m


























・資料編

 安全構造体に関するブリーフィング資料
 参加車両 ドリーム、チャレンジ、オリンピア
      エンジョイ1 エンジョイ2
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 公式通知
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三文楽士の休日

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2012鈴鹿 本編

第一稿  2012.08.14.

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