ソーラーカー・ボディ形状の進化 と 
ユニセクシュアル・ファブリケーションに よるボディカウルの製作

Team SunLake 前田郷司、平澤富士男



前口上

◆◆◆ ソーラーカー車体の設計製作とFRP ◆◆◆


1.ソーラーカー車体の特異性


 一般の自動車と異なり、ソーラーカーの車体には、大面積のソーラーパネルを搭載するための工夫が必要となる。太陽光発電の観点からはソーラーパネルは平板であることが有利であり、一方で、空気力学的には流線型ボディカウルが好ましい。競技用ソーラーカーの設計製作は両者の折り合いを付けることであると換言できよう。

 理想のソーラーカー形状は、未だ試行錯誤の途上であるから、車体製作の手法は出来るだけ形状自由度が高い手法であることが望ましい。

 一般的な車体構造と主な構成材料、具体例について表1.に示す。

 歴代 SunLake号の車体は、CFRP製のシャーシと、表層繊維補強した発泡スチロールのボディカウルという特異な構成である。太陽電池パネル以外のほとんどの構成要素をコンパクトなシャーシ部に詰め込んであるため、ボディカウルのデザインにおける束縛条件は、太陽電池パネル配置と空気力学対策のみである。

表1.ソーラーカーの車体構造、主な構成材料と具体例


2.FRP:繊維強化プラスチック


(1)FRPとは

 FRP:繊維強化プラスチックとは、軽量であるが弾性率が低く構造材料に不適とされるプラスチックを、ガラス繊維、カーボン繊維等の高弾性率材料により補強した複合材料である。適切に成型されたFRPは、鉄、アルミ材に比較し2倍以上の比強度(材料強度/比重)を示すため、軽量化が必要なソーラーカーに最適な材料の一つである。自動車分野ではFRPと複合材料(コンポジット)とは、ほぼ同義語として使われている。

(2)FRPの分類

 FRPはマトリクス樹脂と補強繊維の組み合わせにて分類されるが、特性面では補強繊維への依存度が高いため、補強繊維の頭文字を付けてGFRP(硝子繊維強化)、CFRP(炭素繊維強化)、KFRP(ケブラー強化)、ZFRP(ザイロン強化)、DFRP(ダイニーマ強化)などと略記される。主な補強繊維の機械特性を表2.に示す。

表2.強化繊維および各種素材の特性


 繊維材料の比強度(単位重さあたりの強度)は一般的な金属材料より遙かに高いが、金属がほぼ等方性であるのに対し、繊維材料はあくまでも繊維方向についての強度であることに留意しなければならない。
 PBO、HD-PEなどの有機繊維は、カーボン繊維、ガラス繊維に比較し、引張弾性率は優れるが圧縮弾性率が低い点にも注意が必要である。
 炎天下を走り続けることを宿命づけられたソーラーカーにおいては、太陽電池の主要材料である結晶シリコンと、車体材料とのCTE(線膨張係数)差にも注意が必要である。結晶シリコンのCTEは3ppm/K程度、アルミ材は23ppm/Kである。20ppm/KのCTE差は、0〜50℃の温度差では0.1%の寸法差になる。
 また駐車充電時に水をかけてパネル冷却を行うことが多いため、少なくともパネルに近接する部材には、吸水膨張率が大きい材料の使用を避けた方がよい。


(3)FRPの成型方法

 FRPの成型方法は表3.に示すように、繊維の形態(長繊維、短繊維、織布、不織布)とマトリクス樹脂の熱特性により分類される。ソーラーカー製作で使われるのは、加熱硬化型のプリプレグを用いるオートクレーブ成型法と、常温硬化型の液状樹脂を用いたハンド・レイ・アップ法である。

表3.FRPの成型方法


・オートクレーブ成型法

  雌型にプレプリグをセットし、加熱(加圧)炉を用いて硬化させる方法である。CFRPではドライカーボン法と呼ばれることもある。プリプレグとは補強繊維の織布に加熱硬化型の樹脂を含浸させ、半硬化状態にしたシート状の中間素材であり、常温で型にセットできるため、時間をかけて作業を行うことが出来る。なお、オートクレーブとは化学反応を促進させるために、加熱と加圧を同時に行うことができる圧力容器の総称であるが、加熱のみの常圧硬化炉を用いた製法も便宜上こちらに含めることにする。

・ハンド・レイ・アップ法

  雌型に室温硬化の液状樹脂を含浸させた補強繊維布帛を積層し、常温放置して硬化させる方法である。CFRPではウエットカーボン法とも呼ばれる。雌型のみを使う方法、雌型と雄型を組み合わせるコールドプレス法、雌型とフィルムを組み合わせる方法などヴァリエーションは多い。補強繊維布帛への液状樹脂含浸、積層、脱泡、離型フィルムセット、面圧印可などの多くの作業を、樹脂が硬化しだすまでの短時間の間に終えなければならないため、綿密な作業計画、周到な準備とチームワークが欠かせない。SunLake号のシャーシとボディカウルは、ハンド・レイ・アップ法を応用した独特な方法により成型されている。



第1部

◆◆◆ ソーラーカー・ボディカウル形状の進化 ◆◆◆

-----SunLake号の進化と失敗の歴史-----


 Team SunLake は1994年から毎年欠かすことなく鈴鹿ドリームカップに参戦してきた。
 最近では成績が振るわないので目立たないが、おそらく参加チーム中最も多くのボディカウル形状をレースに投入してきたと思われる。SunLakeは常に空力性能の改善に努めておりその消費電力については後述するとおり目覚しい進化を遂げてきた。
 製作技能については素人集団の我々は創意工夫により特殊な製法を用い、短時間でボディカウルを製作することを武器にソーラーカーで最も重要であると思われる空気抵抗の軽減に挑戦してきた。
 我々の挑戦の歴史を以下に紹介する。

1993年 SunLakeT:

 レース準備のためのプロトタイプとして作製。とりあえず動かせることを確認。

1994年 SunLake II :

 SunLake初のレース仕様車両 標準的な「戦車のように重い」CFRP、パネル面は平板 ソーラーパネルは京セラの多結晶シリコンを採用。

1995年 SunLake III:


 空力改善を主眼にパネル面をアーチ型(通称ゴキブリ型)に改造、軽量化のためパネル積載部は発泡スチロールにPETフィルムを貼り付けた簡易構造体を採用。 Cd値の改善はあったと思われるが、前方投影面積が巨大になり過ぎたため1994年型に比べ40kgもの劇的な軽量化を遂げたにもかかわらず消費電力の改善は僅かに留まった。

1996年 SunLake IV:


 ボディカウル形状にに翼断面形状を採用し、消費電力の飛躍的な改善を果たす。 ホイールのスパッは未装着であったが、空力性能が大幅に改善され、1995年に比べ消費電力は約25%も改善できた。

1997年

 優勝を目指し 車体形状のコンパクト化に着手。新形状のCFRPシャーシ投入、ボディカウルにいたっては1年間に実に3種類を作製。ソーラーパネルもシャープ製単結晶パネルを導入した。

SunLake Va:

 太陽電池の傾きが大きく発電に不利であったのと、走行してみると、新形状ボディカウルの空力特性が良くないことから、車体形状試行錯誤で形状変更を進めた。具体的にはVaのボディカウル後半をキックアップさせてみた。鈴鹿走行会で空力性能が恐ろしく悪いことが確認された。

SunLake Vb:

 Vaボディの太陽電池の傾きが大きく発電に不利であったのと、走行してみると、新形状ボディカウルの空力特性が良くないことから、車体形状試行錯誤で形状変更を進めた。具体的にはVaのボディカウル後半をキックアップさせてみた。鈴鹿走行会で空力性能が恐ろしく悪いことが確認された。

Sunlake Vc:

 Va、Vbの結果が思わしくないため 96年に効果が確認された翼断面形状を採用。ただし、太陽電池の発電効率にこだわりすぎて全部をフラットにしてしまったため空気抵抗がかなり大きかった。また、軽量化にこだわりすぎてシャーシ、ボディカウルともに剛性不足が顕著になり、加えてボディカウル形状も良くなかったため96年よりも消費電力が悪化するという結果になってしまった。シャーシ及びボディカウルの剛性が必要なことを痛感した年となった。

1998年 SunLake VI:


 
 究極の空気力追求 後輪後ろのオーバーハングを可能な限り伸ばし後ろへ行くほど巾を絞った楕円形状車体とした。レギュレーション過渡期の時期であり全長は5m30cmにも達した。形状テストのためのプロトタイプのためスチレンボードにPETフィルムを貼り付けた簡易構造体で作製。

 消費電力は大幅に改善できたがパネル貼り付け強度が確保できず、レース中にパネルが飛んでしまうアクシデントに見舞われた。

 当事としては画期的にドラッグの少ないボディカウルデザインであった。

1999年 SunLake VII :

 1998年のプロトタイプで形状のよさが確認できたので発泡スチロールを削りだし世界最強繊維Zylonによる外殻補強を行うユニセクショナル・ファブリケーション法でボディカウルを作製した。

 形状は基本的に98年の継承ではあるが、ボディカウル強度が飛躍的に向上したため消費電力は10%近く改善された。この形状で最も特筆されるのが横風に強いことで、台風の影響を強く受けたこの年の鈴鹿でも全く不安無く走行することが可能であった。

   鈴鹿総合2位 CHALLENGEクラス初優勝

2000年 SunLake VIII :

 総合優勝を狙いインホイールモーター(NGM)導入。モーターと後輪がソーラーカー専用になった効果は大きく99年に比べ消費電流は15%程度改善できた。
   鈴鹿総合3位 CHAクラス優勝(2連覇)

2001年 SunLake IX :

 WSCC Malaysia 2001 参加のため操舵系及び足回り改良。CFRPシャーシも精度を高め新型を製作し、初めて前後輪ともソーラーカー専用タイヤを採用した。 2000年に比べ7%の改善を達成
   鈴鹿総合3位 CHAクラス優勝(3連覇) 

2002年 SunLake X :

 さらなる進化を目指し 足回りをスチール部品のアルミ化による軽量化を実施 
   鈴鹿 CHAクラス優勝(4連覇)


2003-2004年 SunLake Dream:

 ギリシャ開催のPhaethon2004参加のため発電量を大きくするドリームクラス仕様ボディカウル作製。発電量は定格で1000whにとどまる。モーターは 03’NGMであったが Phaethon2004 でモーター破損したため 04‘からMITSUBA(M1508D)に変更した。
 空力的なデザイン傾向は99-02仕様と共通で発電量を増やすために巾を10cm拡大、巾方向の絞りは99-02仕様に比べ直線部分が多い。またパネルを乗せている部分も直線的なラインが多い。
 チャレンジクラスボディカウルに比べ体感的にも高速域のドラッグは大きかったがリチウムイオン電池採用による大幅な軽量化により低速域の消費電力は意外に良い結果であった。
   鈴鹿総合5位(2003)

2005-2007年 SunLake NEO:

 製法簡易化とボディカウル剛性向上のため可展面のみの組み合わせによるチャレンジ仕様ボディカウル作製。
 Phaethon2004でクラックの入ったパネルしか使用できなかったため発電効率優先でパネル積載面はなるべくフラットに近づけた。
 2002仕様に比べ高速域でのドラッグが大きかったが、製法上、車体下回りの空力処理が良かったので2002年に比べ若干の改善は見られた。

2008-2009年 SunLake EVO:

 究極の空力追求ボディカウルを目指した。前方投影面積を限界まで減らし 前輪スパッツはボディカウルと一体のモノフォルムにした。後輪スパッツも可能な限り細く長く設計した。
 また、ボディカウルの剛性にもこだわった。新ボディカウル投入にあわせソーラーパネルの80%を新品の昭和シェル製に変更。モーターを高密度巻線化してスピード設定は時流に逆行してチャレンジクラスとしては最高レベルの高速仕様とした。ホイールも特注高剛性仕様を投入し、EVOモデルにふさわしい内容に仕上げた。
 性能に関しては特に高速域での空力特性が良く、ドライビングでほとんど空気抵抗を意識させないレベルになり巡航時の電力が劇的に低下した。
 鈴鹿の消費電力は06’-07NEOに比較して15%も低減することが出来た。狙い通りの空気抵抗軽減は達成したと思われる。


SunLake号の仕様(消費エネルギーに関係すると思われるもの)



グラフ1:SunLake号の進化の歴史 1994〜2008年
     (鈴鹿のLAPと消費電力指数のグラフ)

グラフ2:SuLake号の進化 ボディカウル形状の最適化
     (08‘EVOモデルにたどり着くまでの詳細)

まとめ:

 以上、SunLakeの挑戦と挫折の歴史を紹介した。
 ボディカウルデザインとイクイップメントの変遷を合わせて見ていただければ、ソーラーカーの消費電力改善に関して多くのヒントが得られると思われる。
 デザインについては様々な制約条件の中で如何に理想形状を融合させるかが重要である。近年、デザインよりも軽量化を重要視する傾向があるが、長年の経験上から、ボディカウル形状の最適化及び必要な剛性を確保したうえで軽量化を行うべきであると筆者は考える。



第2部

◆◆◆ ユニセクシュアル・ファブリケーションによるボディカウルの製作 ◆◆◆

----- オリジナル製法によるSUNLAKE EVO の製作 -----

1.SunLake EVO

 SunLake EVOは、ソーラーカーレース鈴鹿のチャレンジクラスに出場するために製作された定格発電量800wの太陽電池パネルを搭載した3輪構成、ISF5000規格のソーラーカーである。製作時間が限られていたため、シャーシ等、車両の基本部分は旧車体を流用し、その束縛条件の中で空力学的性能を極力引き出す事を目標において製作された。

表1.SunLake EVO 基本スペック


2.車体製作手法

(1)シャーシ:CFRP ハンド・レイ・アップ

 芯材(ロハセル:ポリメタクリルイミドの発泡体)にカーボンクロスをハンド・レイ・アップ法で積層して得られた平板部材を組み合わせ、継ぎ目にさらにカーボンクロスを貼り足して接合する手法で成型されている。「型」は存在しない。基本部分は1999年の製作以後10年以上経過しており、総走行距離は8000kmを超えている。Sunlake EVOへの流用にあたっては、過去にスピン時の車体ひねりで後付の急造リブが外れた反省から、接合面積を増やした補強リブへの付け替えを行った。車体のひねり変形低減にはカーボン繊維のバイヤス配置が有効だが、カーボンクロスの利用面積率が低くなるため実行出来ていない。その代わりに、層間剥離部分の補修の際、ブレース(筋交い)方向に高弾性率繊維を埋め込む等の処置を行い、強度改善に努めた。
(2)ボディカウル:ユニセクシュアル・ファブリケーション

 発泡スチロールブロックを削り出して製作したマスター(雄型)の外表面を繊維補強し、内側の不要部分を刳り抜くことによって製作されている。一般的なFRP成型方法であるバイセクシュアル・ファブリケーション、すなわちマスター(雄型)から雌型を製作し、雌型を用いて目的とする躯体を成型する方法に比較して、圧倒的短時間で車体を製作することができる。基本的には甲殻類と同様の外骨格構造である。
 一回限りで複製が出来ない点が最大の欠点であるが、形状自由度は極めて大きく、形状自体が試行錯誤の過程である場合には有用な製法であると云える。

 なお、発泡スチロールの削り出しと云えども、大理石彫刻さながらに一個の大きなブロックからボディカウル全体を削り出していくわけでは無く、まず、ボディカウル形状をトレースしたスパー(桁)とリブを組み上げ、その間を所定寸法の発泡スチロールブロックで埋めて概略形状を作り、全体のバランスを見ながら削り込む。

 発泡スチロールは経年により発泡ガスが抜けて収縮するため、ブロックの配置には、木造建築において木材の収縮を見込んで設けるセトリング・スペースや背割りに相当する空間を設定する。スパーとリブは、ボディカウル外側においては、ボディカウル立体形状の目安となり、内側においてはシャーシとの相対位置関係を決定する部材となる。さらには予めスパーとリブを適度にFRP化することにより、外骨格構造に内骨格を埋め込むことができ、ボディカウル全体の剛性と耐久性を改善でき、軽量かつ十分な剛性を有し、なおかつ、クラッシュ時には緩衝効果をも発揮する優れたボディカウルを得ることが出来る。

3.サンレイクEVO基本デザイン

 先に述べたとおり、ソーラーカー外形デザインのジレンマは、発電的には単一平板が最も好ましい太陽電池パネルの配置と、空力学的に望ましい流線形形状とのバランスを如何にとるか、とういう点にある。特に平均速度が50km/時を軽く超え、最高速が80km/時を超える今日の競技用ソーラーカーでは空力学的な要素を無視して外形デザインを決定することは出来ない。

 チーム創設以来の試行錯誤の結果、辿り着いた1998〜2002年の形状は、空力学的には非常に優れていたが、車体前部を自由曲面としたために、太陽電池パネルの設置に無理が生じていた。特に同形状をドリーム仕様に拡張した2003-2004年モデルにおいては、競技後、曲率の高い部分に貼り足したセルの多くに割れが認められた。一方、車体上面を可展面(平面を伸縮無く曲げることによって得られる曲面)にした2005-2007年(SUNLAKE NEO)では太陽電池パネルの配置自体に苦労はなかったが、前方投影面積が大きくなり空力学的には不満が残った。SUNLAKE EVO のボディカウル形状は、以下を念頭にデザインされた。

・前方投影形状:車幅を極力狭め、肩を落とすことにより前方投影面積を減じる。
・天板面:太陽電池パネルの貼り付けに支障が無いよう可展面で構成しする。
・車体側面〜裏面:自由曲面とし、空力学最優先で形成する。
・車輪カバー:ボディカウルと一体形とし、継ぎ目を極力無くする。

 以下に製作図面を示す。



4.サンレイクEVOボディカウル製作工法:フリップ・ビルドアップ工法

 発泡スチロールを用いたユニ・セクシュアル・ファブリケーションの実行にあたっての現実的な課題は以下2点である。

  a)型が存在しないため、表面に補強クロスを貼り付ける際の面圧印可が難しい。
  b)外殻補強前の母体強度が極端に弱い(自重で変形し、形状維持が困難)。

 単純平板であれば、厚板で挟み、重りを乗せれば良い。しかし自由曲面の場合には薄板の組み合わせ、砂袋、水袋など、ありとあらゆる手段を総動員することになるため、マスターには最低限その荷重に耐えるだけの強度が必要である。しかしながら発泡スチロール性マスターは、自重にさえ耐えられない場合が生ずる。

 SUNLAKE EVO の製作にあたっては、側面〜裏面の自由曲面形状重視の方針より、ボディカウル全体を裏返し(フリップ)にして製作することにし、全体を天板支持台で支え、その上にボディカウル部材を積み上げ(ビルドアップ)て形状を作り上げて行くという工程を考案・採用した。


5.サンレイクEVOボディカウル製作の実際

 以下、SUNLAKE EVO ボディカウルの製作過程の実際を作業経過に従って説明する。
(1)ボディカウル天面支持台の製作

  裏返しにした車体を支えるためのボディカウル天面支持台を最初に作製した。12mm厚の合板から、スパーとリブ、さらにボディカウル前後にかけての稜線のネガに相当する形状を切り出して組み、5mm厚の合板を井形に沿わせて撓らせて井形に木ねじで固定した。結果的に天面はボディカウル稜線の接線曲面になり、井形にフィットした5mm厚合板の形が、ボディカウル天板の型紙となる。さらに井形を切り抜いた残材は、以後の工程で使用する治具として有用になる。

(2)ボディカウル天面

 ボディカウルの天面は、7mm厚の発泡スチレンボードを継ぎ合わせて作製した。接合にはエポキシ樹脂含浸したカーボンクロスを用い、接合部に高さ7mmの小さなリブを形成することで接合部に強度を持たせた。撓らせたボードが平面に復元しようと互いに引っ張り合うため、膜構造に近い形となり、単純平面の組み合わせより高い形状保持力が発現する。
 
写真1:天面支持台の井形
 
写真2:スパー(桁)とリブからなる
ボディカウル井形
(3)スパー(桁)とリブ

 7mm厚の発泡スチレンボードから、ボディカウル形状の要所を構成するスパー(桁:車体縦方向の内骨格)とリブ(車体横方向の内骨格)を図面に沿って切り出し、井形を構成した。SUNLAKEの車体は、極端なショートホイールベースであるが故に、シャーシの後端から車体最後尾までが伝統的に長い(SUNLAKE EVOにおいては220cm)。結果、過去数回にわたり車体振動による疲労により底面側が座屈破壊し、ボディカウルが折れる、というトラブルを経験した。今回は同じトラブルを未然に防ぐため、二本のスパー(梁)を予めカーボンクロスと小リブ形成により補強した。

(4)天面とスパー、リブの接合

 曲面を成して傾いている天面に対し、地面に垂直になるようにスパー(桁)を立てるため、天面支持台作製時に余った井形部材の残材を用いて、垂直出し用の治具を作製した。天面とスパーの固定はエポキシ樹脂含浸カーボンクロスで行った。結果的に曲げ強度が高いL型アングルが自然に形成されることになる。

 接合されたスパーに、予め刻まれた切れ込みに沿ってリブを立てると車体形状が朧気に見えてくる。なおシャーシの前端と後端に接するリブはシャーシとボディカウルが組み合わされた際にボディカウル全体を支える柱の役割を果たすため、予めカーボンクロスで補強し、スパーと同様の手法で天板と接合した。
 
図2:天面支持台井形と、
  垂直出し用治具
 
写真3:天面とスパー(桁)の接合
(5)肉付け

 梁とリブで構成された井形に収まるよう、発泡スチロールのブロックを切り出して填め込んだ。発泡スチロールの切り出しはニクロム線で容易に行える。ボディカウルの内側の不要部分は外殻積層補強後に内側から刳り抜いてしまうことになるが、構造上、手が入れられない部分については、この時点で予め刳り抜いておく必要がある。また前述した発泡スチロールの経年収縮により生じる隙間がボディカウル内側となるように、発泡スチロールブロックには適度な継ぎ目を設ける。具体的には、100mm厚程度の板から切り出したブロックを組み合わせ、接着して用いる。発泡スチロールが収縮した祭には、接着力が弱い接着面が剥がれて背割り効果を発現し、隙間がボディカウル内側に生じ、外面への影響が小さくなる。

 スパーとリブは平面であり両者は直角であるが、天面が傾いた曲面であるため、ブロックを完全にフィットさせるのは難しい。天板に対してブロックの全面が接着している必要はなく、最外縁に隙間がなければ十分である。



写真4:削り出し前の発泡スチロールブロック

(6)削り出し

 リブを目安に発泡スチロールを削り込み、マスターを製作する工程である。全身真っ白になる最も過酷で、最も楽しい作業であるが、平面図では表現し切れていない立体形状が発現してくる段階で、各自のイメージが微妙に異なるため、口論が絶えない工程でもある。削りすぎたら発泡スチロールブロックを貼り足して削り直すことができる。

 製造工程上、本工程が空力学性能の大半を決定することになる。とは云うものの、SUNLAKEチーム史上、風洞実験などを行ったことは一度もなく、Cd値(空気抵抗係数)を求めたこともない。車体形状の最終決定は「チームメンバー全員の納得」という、非数量的な基準により行われている。極めて非エンジニアリング的な決定方法ではあるが、決して単なる主観だけではなく、過去の相当回数の車体製作試行錯誤により体得した一定の法則的な尺度がある。それは全ての方向から見て(やむを得ない箇所=シャーシ底面と車輪カバーを除き)、
・風に向かう側は常に凸面であること、
・風が抜ける側は極力長く、緩やかに凹であること
・先端と後尾以外に曲率の大きいカーブが無いこと。
・単純平面部分が無いこと
との条件を満たすことにある。要は「風の気持ち」になりきるということである。

 荒削りは、ノコギリヤスリを用い、残り3mm厚程度の削り代を残して留め、サンドペーパーないし鰐皮ヤスリで表面を極力平滑に仕上げてゆく。表面が粗いと外殻補強クロスの貼り付けの際に、液状樹脂が発泡スチロールに浸透し、不必要に重くなってしまう。


写真5:ほぼ仕上がったマスター
(7)車輪カバー(スパッツ)の製作と取り付け

 前輪の車輪カバーの大部分は、ほぼボディカウルと一体化されているが、シャーシに対してボディカウルを上から被せる都合上、前輪サスペンションの下面と後輪のカバーはボディカウルと切り離して別途取り付けが必要となる。

 スパッツは、一般に本体とは切り離して製作されるため曲面であるボディカウルとの接合に悩むことが多い。今回のボディカウル製作にあたっては、車輪カバーとボディカウルの融合をはかるため両者を平行して製作し、ボディカウル削り出しの際にカバーを填め込み、接合部の微調整を行った。車輪カバーは基本的にはボディカウルと同じユニセクシュアルファブリケーションで成形され、その取り付け方法からの要求に従い、ザイロンクロスとカーボンクロスで二重に補強されている。

 カバーの取り付けはシャーシ側にのみとした、車体がバウンドしてサスペンションが最も下りた際にも追従できるだけの自由度を持って取り付けダラリとぶら下がらないように強力なバネで上側に引っ張り上げられている。ボディカウルが被せられるとボディカウルに押されて所定の位置に納まる寸法であるが、ボディカウルとカバーとは半ば勘合しつつ単に接しているだけである。


写真6: ほぼ仕上がった後輪スパッツのマスター
(8)ボディカウルへの補強クロスの貼り付け

 圧縮力と曲げ応力が加わるボディカウル側面と底面の補強にはカーボンクロスを用い、主に引張力が加わる天面はザイロンクロス補強とし、前輪の真横の部分、車輪カバーの稜線部等の車体の凸部分は、内層ザイロンクロス、外層カーボンクロスの二重構造とした。衝突等でボディカウルが破損した際、カーボンクロス補強だけでは外殻が砕け散ってしまう可能性が高い。引きちぎれることが稀なザイロンクロスを挟むことにより、破損した場合でも潰れるだけで済むため比較的短時間で最低限の形状復元が可能となる。

 今回の車体製作にあたっては、補強クロスの継ぎ目を極力減らす方針を採った。5m長のボディカウルに対し、長さ方向に継ぎ目を作らないためにボディカウルを斜め横に立て、荷重でボディカウルが歪まないように荷重はクロスの自重だけとし、まず車体側面部のカーボンクロスが接する面だけに液状樹脂を塗り全長に対して積層を実施、樹脂の硬化後にボディカウルの向きを逆にして同様に反対側の側面へのカーボンクロス積層を行った。以後は、天板支持台に戻し、要所ごとに樹脂を塗り足しては、砂袋(実際には砂代わりの樹脂ペレット袋)等を重しに用い、数工程をかけてボディカウル裏面にカーボンクロスを積層した。開口部の縁には、個々に小さい型を準備して出来る限り折り込み、折り返しを作り、開口によるボディカウル全体の剛性低下の防止に努めた。

 外殻補強完了後にボディカウル母型の内側の不要部分の刳り抜きを実施した。なお、刳り抜かれる部分は材料的には無駄になる部分であるが、外殻補強前の母型の強度を維持するために必要な部分であることを忘れてはならない。刳り抜きにあたっては、構造材として内骨格的に残す部分と、取り去る部分を明確に仕分けておく必要がある。


写真7: ボディカウルへのカーボンクロス積層
(9)キャノピー

 従来車両で使っていたキャノピーを流用し、キャノピー後部に整流「カツラ」を取り付けた。キャノピー内に設置されているサイドミラーの視界を確保するため最小限の大きさとなっている。製作はボディカウル同様のユニセクシュアルファブリケーションである。


写真8:キャノピーへ付ける「カツラ」作製
(10)塗装

 白の水性ペイントで塗装し、アクセントにロゴマークを入れた。ペイントの重さは無視出来ないため、塗装無しでカーボンクロス剥き出しにする案もあったが、炎天下にて表面温度が上がりすぎるため断念した。

(11)太陽電池パネル搭載

 太陽電池パネルの固定には厚みのあるカーペット固定用の両面粘着テープを10mm幅程度にスリットして用いた。製法の特性上、外殻表面には補強クロスの凹凸がそのまま残っており、粘着層に厚みが無いと十分な接着力が得られない。さらに念のためパネル端をポリイミド粘着テープにて押さえた。一般的な粘着テープに用いられている粘着剤は高温環境下で著しく粘着力が低下するが、ポリイミド粘着テープには高温環境下でも粘着力が低下しないシリコーン樹脂系の粘着剤が用いられている。


6.まとめ

 以上、SunLake EVOの車体デザインから、ユニセクシュアル・ファブリケーションによる車体製作の実際について概観した。車体のデザインと車体の材料や製作手法は理想的には切り離して考えるべきである。しかしながら、限られた資源と時間内に製作を完了しなければならないソーラーカーの製作にあたっては、車体デザインが入手可能な材料と工法に束縛されてしまうことが多い。ユニセクシュアル・ファブリケーションは、比較的入手しやすい材料により、高い形状自由度、軽量、高剛性のボディカウルを製作することができる有用な手法である。


参考資料
ソーラーカー設計制作

・ソーラーカーの空力学 Goro Tamai, The Leading Edge, Bentley Publishers, 1999.
・ソーラーカー全般 Douglas R.Carroll, The Winning Solar Car, SAE International, 2003.
・細川信明氏の講演資料 http://www.dream-cup.com/2006/news/pdf/siryou.pdf
・江口倫郎氏によるソーラーカー物語 http://www.e-guide.ne.jp/mt/

FRPによる車体制作

・村山宏著, FRP成形加工技術, (株)工業調査会, 1974.
・GHクラフト社公式サイト http://www.ghcraft.com/shops/slcar.html

FRP用補強繊維

・カーボン繊維(例えば) http://www.torayca.com/aboutus/index.html
・PBO繊維他 http://www.toyobo.co.jp/seihin/kc/pbo/technical.pdf

Team SunLake ソーラーカー製作記録とレースレポート

・公式サイト(歴代車両) http://www.toyobo.co.jp/mirai/sunlake/solahome.htm
・SunLake EVO 製作記録 http://solar.inkm.net/suzuka2008/index.htm

筆者紹介
前田郷司:Team SunLake エントラント 兼 木工職人 兼 電装&広報宣伝担当。
 東洋紡績株式会社総合研究所部長、耐熱高分子の応用開発に従事。2001年 マレーシアの民族楽器を得たいが為に Team SunLake の海外遠征に参加し、以来足抜け出来ずに現在に至る。2006年に太陽能車考古学研究所を開設し常任学芸員に就任。

平澤富士男:Team SunLake 監督 兼 チーフデザイナー。
 東洋紡績株式会社化成品本部マネジャー、高分子材料の開発営業に従事。1993年 Team Sunlakeにドライバーとして参加以後現在に至る。風の気持ちになりきれるソーラーカーデザイナー兼 日本で最もタフなソーラーカードライバーを自認していたが、メタボ体形化の進行によりドライバー席を後進に譲り、最近は監督業に専念している。