The Place in the Sun

三文楽士の休日

FIA ALTERNATIVE ENERGIES CUP
DREAM CUP SOLAR CAR RACE SUZUKA 2010

2010鈴鹿編 「夢の翼よ永遠なれ」

セクション5 走る迷宮に折れた赤い爪



2010年8月1日(日)

FIA Altanetive Energies Cup ドリームカップ・ソーラーカーレース鈴鹿2010
Dream,Challenge,Olympiaクラス8時間耐久レース 第2ヒート

15:22

「ああー!! TIGAが! TIGAがぁー!!!」

 実況DJの絶叫がサーキットに響く。叫んでいるだけで言葉が続いてこない。芦屋大TIGAが、何か、とてつもない状況に置かれていることだけがわかる。次の瞬間 ピットビル全体が「ああーーー」という悲鳴につつまれた。


 ラップタイムを取るために、EVOがコントロールラインを通過した瞬間を目視してピットに合図を送る役割を担っていた僕はプラットホームから動けない。ピットモニターを見ることは出来ず、さらにピットビル上の大型ディスプレイも運悪く死角に入っていて見ることができない。あいかわらず実況DJは興奮して叫び続けているが、叫んでいるだけで実況になっていない。

 役目を終えてピットに駆け戻った僕は、ようやく、バックストレートで芦屋大TIGAが、静岡工科自動車大学校のオリンピア車両「NEXT STAGE」に追突し、その後、操舵機能に問題を抱えたまま走り続けているという状況を把握することができた。

15:21’30

 追突事故30秒前のバックストレート、130Rの手前の情景。芦屋大TIGAの前方、左側からポリテク滋賀SPD-A、名工大NEXT、SAT'S静岡工科自動車大学校「NEXT ZONE」。TIGA後方にバカボンズのSCARABAEUS。


 SAT'Sと名工大:二台のオリンピア車両を抜こうとしていたバカボンズの藤田ドライバーが、後ろからTIGAが接近してきたのに気付いて追い抜きを中止し、TIGAをやり過ごした直後である。藤田ドライバーは、この集団の最後尾に位置することになり、事の一部始終を目撃することになった。*)
*) http://izw-23.ddo.jp/bakabonz/10suzuka/10suzuka.html

 各車両の平均速度(第2ヒート周回数からの単純計算)は以下の通り、

TIGA
(80km/hr)
バカボンズ
(60km/hr)
SPD-A
(58km/hr)
名工大
(45km/hr)
SAT'S
(30km/hr)

 スポーツカー、普通乗用車2台、軽自動車、原付車両が一緒に走っているようなものである。

 先を走っていた普通自動車Aは軽自動車を抜き、さらにその前にいる原付車両をそのまま抜こうと左サイドをキープ。

 軽自動車は普通乗用車Aに右側から抜かれ、なおコースの中程やや左を走っている。「遅い車は右」の原則を守るなら、ここで右側に寄るべきだが、前方を走る原付バイクを抜こうとしたのか、コース中央やや左をキープ。後ろから普通乗用車Bやスポーツカーが自分を抜こうとしているのに気がついていない。

 最後尾の普通自動車Bは、軽自動車と原付バイクをまとめて抜こうとしていたが、後ろから赤いスポーツカーが猛スピードで迫ってくるのに気付いて追い抜きを中止し、右側によけてやや減速。スポーツカーをやり過ごして最後尾をキープ。

 原付車両はコース中央やや右をマイペースで走っている。


 左サイドを走ってきたスポーツカーは、コース左側に居座って
道を譲る気配のない先の2台を右側を抜こうとして、道を譲った
普通乗用車Bの前に割り込むかたちで車線変更。


 この時点でスポーツカーの前には、
左から、普通乗用車A、軽自動車、原付車両の3台が
横並びで壁になり、コースの最も右側だけが開いている。


スポーツカーは三台まとめて、右サイドから抜こうとする。


TIGAが真横に現れ、驚いた軽自動車は、ようやく左側に避けだした。


間が悪いことにコース自体も右側にグリーン帯が入って狭くなってゆく。
前方を原付車両、左側を軽自動車、いずれもオリンピアクラスの車両二台に
挟まれた芦屋大TIGA。コクピットからは立ちはだかる壁に見えただろう。

 軽自動車が後方に全く注意を払わずに走っていた様子は当チームのドライバー高橋も認識していた。高橋自身何度か際どい場面があったようだ。TIGAもそのことは認識していただろう。だから、軽自動車と原付車両の間ではなく、あえて一番右から抜こうとしたのだ。


 ドライバーブリーフィングで競技運営側から何度も繰り返され、それでも一向に守られる気配のない注意

「遅い車は右」

 これまでも、サーキットコース走行上のマナーについて積極的に発言してきた紀北工業高等学校の中岡先生がここでも一言。
「みなさん『遅い車』というのは『上の4台 *)』以外の事ですからね。」

*)上の4台:OSU、TIGA、NUNA、AURORA

 御自身が何度も危ない場面に遭遇してきた経験からの貴重な一言である。しかし、初めてのサーキット走行に舞い上がり、自分の目の前しか見えなくなっている若いドライバーに、その真意を理解する経験値も、熟練者の一言を重く受けとめる分別も育ってはいない。

 軽自動車が左側に避けだしたが、時既に遅し。


TIGAがフルブレーキ。

ソーラーカーレースでタイヤから白煙が上がるのを僕は初めて見た。



追突

 追突された静岡工科自動車大学校の「NEXT ZONE」の後尾を、TIGAの先頭がすくいあげる形で0.1秒程、持ち上げた。持ち上げられた NEXT ZONE の後尾はいったん下がり、TIGAの先頭を噛み込んだまま一度リバウンド。


 前日のオリンパスRSにサレジオが追突した場面では、オリンパスRSがコーナーで減速中に後ろから突かれる形になった上に、さらにオリンパスRSが軽量であったがために跳ね上げられる形になったが、今回は随分状況が異なる。


 平均速度から原付車両に例えたが、現実の「NEXT ZONE」は車重200kgと大会参加車両中最も重く、重心も低い。一方のTIGAは最軽量車両の部類に入る。それでなおTIGAはNEXT ZONE を持ち上げ、持ち上げられた NEXT ZONE はTIGAの鼻先で一度バウンドして上下している。直前のフルブレーキングにもかかわらず、追突した瞬間には相当の速度差があったのだ。



TIGAはフラフラとコースアウトし、



ガードレールに接触

 一度止まりかけたが、すぐに動き出した。しかし前輪が大きく損傷したらしいTIGAは真っ直ぐには走れない。フルブレーキングでロックして白煙をあげた前輪タイヤは、さらに、追突時に持ち上げた NEXT ZONE の車重をも負った状態で路面と擦過されることになった。単なるパンクやバーストの域を超え、タイヤ接地面の一部が擦り切られてしまっただろう。

 それでも、なおTIGAはヨロヨロと進む。その姿は瀕死の重傷を負った獅子が、なお尊厳を保とうと力を振り絞って立ちあがろうとしている姿にダブる。いままで誰も見たことがない光景を、ピット全体が固唾を飲んで見守っている。

 

 よろけるような走りでシケインまでたどり着いたが、操舵機能が損なわれ、曲がることが出来ずにグラベルに突っ込んだ。ピットビルは哀しみを帯びた溜息とも呻きともつかない声で包まれた。誰もが、TIGAが力尽きて倒れたものと思っただろう。

 

 コクピットから飛び出したのは三瀬剛ドライバー。車体を持ち上げようとするが、如何に最軽量級の部類とはいえ、砂利に埋まった車体は簡単には持ち上がらない。

 

 三瀬ドライバーはコースオフィシャルの手を借りて、車体を引きずり出した。彼の足はグラベルに取られてよろけている。この猛暑と極度の緊張の中で2時間以上のドライビング、体力、精神力共に限界に来ているのだ。

 芝生地帯まで車体を運んだ彼は車体の下に潜り込み、全身を使って自らの背中で車体を持ち上げ前輪部の奥に手を突っんだ。彼が掴んだのはバーストしてホイルから外れ、車軸に絡まってTIGAの操舵機能を妨げていたタイヤだ。接地面の一部が擦り切れているとはいえ、芦屋大チームのハードなドライビングに耐えれるようにあつらえられているIRCの特製タイヤは相当にごつい。三瀬ドライバーは、両前輪に絡まっていた、そのごついバーストタイヤを、道具も使わずに素手でむしり取った。

15:24’59


再びTIGAに乗り込む三瀬ドライバー。追突からここまで3分。



コクピットに身体を沈める


「リムだけで戻ってくるぞ!」

 「うおおっ!」 感嘆とどよめきに埋まるピットビル。戻ってくるTIGAを一目見ようと、ピットレーンに飛び出したのは僕だけではない。TVカメラを抱えたプレス関係者が血相を変えて走っている。


15:26’21


「ガラガラガラガラ・・・・・・・」

 打ち鐘を転がすような金属音を響かせて赤い爪がピットレーンに戻ってきた。タイヤゴムを失ったホイールだけではグリップが全く効かず、ピット側に方向を変えるだけでも車輪が空回りしている。ブレーキなど、とても効きそうにない。

 ジャッキを構えたピットクルーに、さらに中川教授までがTIGAを受けとめようと身体を張って構えている。



受けとめた瞬間のはず・・・・・F北さん、邪魔!! 。


 車体がジャッキで持ち上げられると、ピットメンバーが群がり猛烈な勢いで車輪交換作業を開始。相当なスピードで NEXT ZONE に追突したはずだが、車両前部に、外観で解るような大きな損傷は見られない。



三瀬ドライバーに代わって乗り込むのはトップガン野村

 

「落ち着いてー!」の声が何度も飛ぶ。


 ドライバー交代時に全車輪を交換するのが芦屋大学のいつものスタイル。常時は40秒弱でやってのけるところだが、車体最前部の裏側にダメージがあったようでガムテープ補修の時間が加わり少々伸びた。


15:27’35   芦屋大学 SkyAce TIGA ピットアウト



ピット作業時間1分14秒   OSUに3分強=1周差のビハインド

 三瀬剛ドライバーの執念と、ピットメンバーの気迫のワークに拍手が湧いた。

 芦屋大学チームのドライバーはドライビングのみを担当している訳ではない。ドライバー自らも車両の製作と日々の整備・改良を担い、その作業を通じて車両そのものの構造に精通している。この事は、手作りが基本の一品物であるソーラーカーでは、極めて自明なことだった。しかし、ソーラーカーの高速化が進むに連れ、特にトップチームでは車両の設計製作とドライバーの分業が進んできている。OSU、NUON、AURORA、いずれもドライバーはドライビングの専門家だと云ってよい。芦屋大学は例外的だ。

 三瀬剛氏は芦屋大学のスタッフの一人であり、ソーラーカープロジェクト実行部隊の中核的な役割を担っている。野村圭祐氏は機械輸入商社経営の一翼を担うという立場を使い、ソーラーカーに使えそうな高性能ソーラーセルやバッテリーを世界中から調達し、はては特殊なソーラーセルをモジューリングするビジネスまで立ち上げている。

 車(機械)は与えられる物ではなく、ましてや乗せて頂く物でもない。しかし自動車に限って云えば、日々のメンテナンスも車検も既に専門家任せ。オートマチック・ミッション車に始まり、ドライブナビゲートシステムの普及、究極的には目的地を入力すれば勝手に車が走ってくれる、という姿を目標とするITS:高度(知能化)交通システム。自動車の進歩に、ただ身を任せていれば、人はどんどん馬鹿になり、やがて機械に使われる存在に成り下がるだろう。

 車を支配するのは人。芦屋大学チームが見せた姿には人と技術の関係の、あるべき姿が濃縮されていた。


2010鈴鹿本編 セクション6 奈落への渦に抗う白い風

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三文楽士の休日

FIA ALTERNATIVE ENERGIES CUP DREAM CUP SOLAR CAR RACE SUZUKA 2010

2010鈴鹿本編   セクション5「走る迷宮に折れた赤い爪」

第一稿  2010.08.16.
第二稿  2010.09.07.

Copyright Satoshi Maeda@Team Sunlake
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