時計を40時間戻そう。
2010年07月29日23:00 滋賀県東部
僕は国道1号線を東に向かって走っていた。時折ぱらつく雨がフロントガラスを濡らすが、日付が変われば天気は回復に向かうはずだ。
2010年7月30日(金)
FIA Alternative Energies Cup ドリームカップ・ソーラーカーレース鈴鹿2010 車検日
00:11 鈴鹿サーキット9番ゲート着。
00:12 39番ピット。先客は神戸高専チーム。まだ作業中
同じエリアには平塚工科高校の特徴的な車体も。
00:27 ミッション完遂。 ポールポジション
先発隊の二人:ニューフェイス瀬川と僕のミッションは毎年恒例の車検ポールポジション確保。特に今年は僕自身が車検日午後に職場に戻らなければならず、そのためには車検を午前の早い間に終えなければならず、ポール獲得は必須事項だったのである。
二番目は、僕たちの行動を観察していた神戸高専チーム。任務完了後は、ピットをぐるりと御挨拶回り+取材
01:30 第2ミッションの工作開始
02:38 第2ミッション「太陽電池」パネル完成
何に使うのかって? それは「お楽しみ」
03:00 悪のりして、予備の材料で、もう一枚小さめの「太陽電池」パネルを作製
順番取りの後輪スパッツに乗せ、タイヤを並べれば「ソーラーカー」だ。
続いて第3ミッションのウチワ試作、疲れが出てきたのか、うまくいかない。
04:50 再輝チーム高崎さんに御挨拶
東の空が明るくなってきた。
05:00〜05:50 約50分間の仮眠
06:10頃〜 ピットが慌ただしくなり、車検場入り口に向かう人影が増える。
06:13 竹原・北村本隊から電話連絡「もうすぐ」
06:15 「まだ並ばへんのー?」 と背後から聞き覚えのある声
S高校Y田先生でした
「もう並んでますよ?」
「車体がないやん。」
「いや、ちゃんとタイヤも「太陽電池」パネルもあるでしょ。」
06:18 本隊到着
大急ぎでアンロード。
06:32 シャーシを並べ、これでもう文句はあるまい。
車検ポールポジションは瀬川が死守。
3番4番手は芦屋大学チームの2台、その後に堺市立
07:55 「あざらし」チーム到着
試走会で破損したところはきれいに修復されている。
08:10 受付に向かう
Davidと再会。「トランペット持ってきたか?」「おう、まかしとけ」」
8時からドリームとオリンピアクラスの受付、
チャレンジは8:20からの予定だが、ドリームとオリンピア。
の受付が大混乱確かに今年は出場台数も増えている、が、
毎年大混雑だが一向に改善されない受付。工程解析できんかなあ?
チャレンジ列の先頭は大阪工業大学チーム、次が僕、とチャレンジクラスの2番目に並んでいるのだが、受付位置に辿り着いたのは09:40頃。なんとかギリギリ9時直前に車検用紙に受領印が押され、ライセンスを届けに来た北村が持って帰っていった。この書類が出来上がらないと車検一番に並んだ意味が無くなるのである。結局、受付全項目が終了したのは09:10だった。
車検場に行くと、勿論すでに車検作業は始まっていた。
ドライバー装備の点検と体重測定
車体寸法、重量の確認
後方視界チェック、方向指示器、停止灯の確認
ブレーキテストと脱出テスト
バッテリーの登録
「ロールバーを目立つように赤く着色せよ」という指摘とシートベルトの小さな不備の修正を命じられた以外に特に大きな問題なく
09:39 ダントツ1番で車検終了
まずは一安心だが、やるべき事はいっぱいある。試走会で右前輪の上側のAアームを曲げてしまい、後輪側は、下側Aアームの取り付け位置でシャーシ側のカーボンが層間剥離し、構造崩壊寸前だったのを、なんとか修正して今日ここに持ち込んだ訳で、調整らしい調整といえば、車検のブレーキテストに耐えられる程度に荒っぽく合わせただけだったのである。
その右前輪Aアームを確認すると、なんと再び曲がっているではないか。
「さっきのブレーキテストでまた曲がったのか?」
「他に考えられない。重いけれどステンレス製にしよう」
一度曲がったアルミパイプは、かなり強度が落ちてしまうということを実感した出来事だった。
10:45
眠い目を擦り、白昼に居眠り運転のリスクを抱えながら、僕は国道1号線を西に向かって走っていた。外せない会議に出席するために13時までに職場に戻らなければならなかったのだ。車検日(金曜)の昼食は「青木のウナギ」が恒例になっている。土日のランチタイムは出走前点検とグリッド押し出しの大混乱の中でかき込むお弁当、それも食べる余裕があればラッキーなくらいなので、この日の昼食はイベント中の唯一まともなランチといえるのだ。不機嫌。
10:50 同じ頃、ピットでは恒例の調整作業が続いていた。
前輪の組み立てはなんとか完成。さて後輪である。一週間前の仮組状態でフルセットアップしてみると、左に1cmもずれており、慌てて位置だけ真ん中に合わせた、というのが正直な状況だ。突っ込みどころは満載なのだが、最適解が何処にあるのかは触ってみなければ解らない。
調整中は、カウル、バッテリードライバーが乗った本番時と同じ荷重をかけて行わないと意味がない。当チームではカウルの代わりの重り(古いバッテリー)を使い、本戦用バッテリーとドライバーは実物を使ってバランスを取る。この時ドライバー席に乗せられていたのは高橋。
「上のAアームの位置がおかしい。左右逆なんじゃない?」
「いや、パイプに左右印を付けてあるから間違いない。」
「じゃあなんでずれている?・・・・ン? このネジ、曲がってるんじゃない?」
「おお!ホンマや、こっちから見ると『く』の字になっとる。」
重り代わりのドライバー役が下手に動くと、バランスが崩れてしまう。暑い中、振り返ることもままならない狭いコクピットに押し込まれた高橋は、頭の後ろで繰り広げられる不穏な会話に聞き耳を立てるしかなかったのである。
11:00 さらに調整作業は続くが、どうもピリっと来ない。
「アー! シャーシが歪んでいる。」
平澤が叫んだ。サンレイクのシャーシは、もともと工作精度が高い訳ではない。しかし、明らかにバスタブ型シャーシの最後尾部分が捻れており、真後ろから見ると、本来長方形のはずが、僅かに傾いた平行四辺形になってしまっているではないか。
元々のシャーシはカーボン2層積層である。そのシャーシに対し、試走会で座屈破壊した部分には、カーボン繊維チョップを混ぜ込んだエポキシ樹脂充填し、その上から7〜10層のカーボンクロスと、カーボンの斜め方向に1層分のザイロンクロスを重ねて積層してある。
サンレイクの後輪サスは、後輪では比較的珍しいはダブル・ウイッシュボーン。先頭に向かって左側からモーターを支える形になっており、極めて左右非対称だ。局所的な補修であるため、全体が歪むなどとは考えもせず、過剰に積層枚数を増やしたため、樹脂の硬化収縮が車体後尾左側に集中し、後尾全体を捻らせてしまったのだ。
先週末から、ひたすら調整作業を繰り返し、超マンネリ感に取り憑かれているメンバーに向かい、監督は宣言した。
「全体的なバランスが取れるようアライメント作業をやり直そう」
11:42 後輪をフィックスして、再度、前輪に。
後輪をフィックスして前輪の再調整を終え、なんとか最後のトウ・アライメントに辿り着くのに約40分間。これが最後の項目のはずだが、これが合わない。
数年前からリブ補強などを加えて、かなりマシにはなってきたとはいえ、サンレイクのシャーシは柔構造。大人二人で前後を持って捻れば、1cmくらい歪むほどに柔らかい。いくらきっちりと合わせたつもりでも少しユサユサと車体を揺すると、ズレてしまう。そのズレの平均値が意図するトウ角度になるように合わせなければならない。
平澤 「1/4回転出して」
高橋 「はい」
平澤 「やりすぎた1/6もどして」
高橋 「・・・・」
平澤 「トーインは大事だからねえ」
全員 「・・・・・・・」
近隣のチームは、何時果てるともなく延々と続く調整作業をあきれ顔で眺めていた。
竹原 「あ〜せんどした もうええやろ」
・・・・・・・・・・ ようやくランチタイム ・・・・・・・・・・
14:00 作業再開
14:40 ドリーム、チャレンジ、オリンピアクラスのドライバーブリーフィング
15:20 エンジョイI、エンジョイIIクラスのドライバーブリーフィング
17:00 全体ブリーフィング。
全クラスのドライバーまたはエントラントに参加が義務づけられた面白くも無いブリーフィングは何事もなく淡々と進み、何事も無く終わるものと誰もが信じていた。が、その秩序は、
17:30
豪州の巨漢、Auroraチームのエントラント David Fewchuk の質問によって破られた。
「私達はバッテリーを2セット登録した。
そのうちの1セットをフリー走行と予選に、
もう1セットを本戦に使おうと考えているが問題ないか?」
なあーんだ。何も問題ない。ソーラーカーレース鈴鹿が開催されたときから皆やっていることである。競技規則の書き方は少々回りくどいが、つまるところは、
バッテリーは2組まで用意でき、
1組目が「駆動用バッテリー」俗に「本戦用」
2組目が「予備バッテリー」 俗に「予選用」
(運用上は、その一方が決勝開始60分前に封印されて「本戦用」になる)
封印された後は、商用電源からの充電が禁じられる(太陽光と回生のみ可)
ので、「駆動用=本戦用バッテリー」は予め満タンにして準備しておき、
フリー走行と予選は「予備=予選用バッテリー」で走る。
ということを容認した内容になっているのである。
鉛シールバッテリーを使っているクラスでは、本戦用に新品を、
予選用には前年に使ったバッテリーを充てるのが普通だ。
そうか、彼らはこれまで1セットのバッテリーで参加していたのか。ブリーフィングに参加した誰もが、競技長の 「OK」 の一言で終了するだろうと思っていた。
ところが、競技長が「その場合には、しかるべきペナルティを・・・・」と、云いだしたため会場が騒然となった。規則書の ]Z バッテリーの管理の17.1項には、
「 競技会期間中(フリー走行、予選、決勝)に使用するすべての駆動用バッテリーは、公式車両検査時に登録されなければならず、仕様の確認後、競技役員により封印されるものとする。」と書いてある。ここだけを素直に読めば、車検時に両バッテリーが封印されるので、その後の取り替えには競技役員の立ち会い、場合によってはペナルティの対象になる。
ところが、封印に関しては17.4項にも記載がある。その項には、駆動用=本戦用バッテリーの封印は明確に決勝60分前から、と書かれているが、予備=予選用バッテリーの封印を何時行うかについては書かれていない。17.4項の存在により、17.1項の内容がかえって不明瞭になっているのである。実際問題として(運用上)予備バッテリーは車検時に登録はされるが、封印は最後まで為されない。
駆動用と予備の交換は、決勝開始60分以前は、競技役員立ち会いの下、割り当てピット内でのみ可能、決勝開始60分前を経過した後には、同様手続きに加えてペナルティが課せられる。とあるが、大抵のチームは駆動用も予備も同じバッテリーである。両者とも車検時に登録はされるが(毎年異なる色のペイントでマーキングされる)マーキングでは駆動用と予選用の区別はされない。駆動用バッテリーは決勝開始60分前からの封印作業によって、初めて特定されるのだ。
予選終了時刻と決勝開始時刻の間は60分以上開いている。
駆動用は決勝開始60分前に特定される。
そもそも、決勝開始60分以前の交換には何のペナルティもない。
したがって決勝開始60分以前の交換に関する記述に事実上意味はないのだ。
FIA公認であるから規則書の解釈に疑義が生じた場合は公用語である英語版が基準になるはずであるが、外国チームが2チーム参加(当初は3チームが参加表明)しているにも係わらず、少なくとも公式サイトにはアップされていない。ついでに書くと日本語版でさえ、大会終了後も「FIA申請中」のままなのだ。
ざわめき混沌となる会場、しかし、「なぜ 参加者がざわついているのか?」競技長は理解していない。
ざわめきを抑えようと紀北工業高校チームの中岡先生がたちあがり、David Fewchuk が問うたバッテリー使い分けに「問題ない」ということを簡略かつ適切に説明した。日本屈指の名ドライバー氏の説明に参加者側の誰もが「これで一件落着」と思ったろう。
しかし何故か競技長は納得せず、技術長とレギュレーションブックを広げ、説明者席側で、すったもんだが続いている。先のクリアな説明にもかかわらず、競技長の顔はどんどんと曇って行く。
バッテリー使い分けが出来なくなったら、各チームそれぞれが自ら蓄積したノウハウを使って、事前に限界性能まで電気量を詰め込んだ虎の子バッテリーを、本戦前の、よりよって効率度外視で走る予選に投入することになる。そんなことなど考えたこともないのだ。しかもバッテリーに頼る割合が高いエンジョイIIクラスの方が、予選終了後から本戦前のバッテリー封印までの間隔が短いのである。
フリー走行は、試走会と同様に初心者ドライバーにとって貴重な練習チャンスである。予選でさえ、とくに初心者が多いエンジョイIクラスは時間が長めに設定してあるのは、半ばは練習走行的にも使えるようにとの主催者側の配慮だと僕たちは解釈してきた。その貴重な練習チャンスでの走行も控えめに、ないしは出走断念をせざるを得なくなってしまう。
会場側のいらだちはピークに達しようとしていた。
痺れをきらした平澤監督が立ちあがった。
「競技長、もしも2セットの使い分けがダメ、ということになると
フリー走行より前の早朝にバッテリー封印をしなくちゃならなくなりますよ。
そうなるとオフィシャルさんも大変ですよ。
そもそもバッテリー封印はレース60分前の出走前点検時に行われるので
それまでは自由 それ以降に交換した場合はペナルティが運用される訳です。
僕らは17年間参加させてもらってますが、フリー&予選は「予備バッテリー」
本戦には「駆動用バッテリー」と、2セットのバッテリーを使ってきました。
ほとんどの他チームの皆さんも同じだと思います。
ですから、封印前に2セットを使い分けるのは問題無いということですよ!」
競技長の顔が明るく輝いた
「そうですね。ずっと、そういう運用がなされてきた。
そして皆さんがそれで良いと云うことなら、
それでいいと云うことにしましょう」
1992年から大河の如く続けられてきたドラマ。その間には幾たびかの主役交代があったが、決して不在になることは無かった。しかし今、その最終幕でドラマの主役が見失われてしまったのだ。2年半前のオリンピア規格発行に端を発する混沌の渦は、負のスパイラルとなってイベントの意志決定機能さえ麻痺させてしまっている。僕たちは、その渦に飲み込まれたまま、今から9時間後に「最後のドリームカップ」の幕開けを迎えるのだ。
2010鈴鹿本編 セクション2 コーナーに沈んだ青い夢
SUZUKA2010 TOP へ 三文楽士の休日トップへ
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三文楽士の休日
FIA ALTERNATIVE ENERGIES CUP DREAM CUP SOLAR CAR RACE SUZUKA 2010
2010鈴鹿本編 セクション1「主役を見失ったドラマ」
第一稿 2010.08.07.
改訂 2010.08.20.
Copyright Satoshi Maeda@Team Sunlake
The Place in the Sun