The Place in the Sun

三文楽士の休日

大英帝国見聞録
The Memoirs of Great Britain



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大英帝国見聞録 第五章 翻るユニオンジャック
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DAY 6 21.Mar.2014 Cambridge City Centre
DAY 6 2014年03月21日 金曜日

5:00 Lensfield Hotel/Cambridge/UK

 起床。

 前日のこと。元々、21日には地元の関連企業を訪ねるテクニカルツアーが予告されていたのだが、いつまでたっても案内が無い。しびれを切らした日本チームの一人が議長氏に問うと、

  「え? そんなのあったっけ???」

 案内が無いのも道理であった。日本代表団の半数以上が参加するつもりでスケジュールを組んでいたのだが。少なくとも私の航空券は往復の日付固定のタイプなのでフライトを変更することはできない。



The Restaurant Lensfield Hotel

 報告書の類も概ね書いてしまったので、つまりは一日ポッカリ空いてしまった訳である。日本では休日(春分の日)なので、休んでもバチはあたらないだろう。しかも今回の出張は、土日+土日が全て移動日という悲しいスケジュールなのである。外は昨日までの雨交じりの曇天から回復しつつあり、ホテルの窓からは晴れ間が見える。

  

 宿泊六日目になると、向こうから「ブラウントーストとプレーンオムレツね」と確認してくれるようになった。コーンフレークも置いてあるのだが、英国に来てケロッグ食べる気もしないので、この日は Made in England のアルペン・スイスレシピのオートミールにドライフルーツを添えてみた。中東産のナツメヤシもクランベリーなどドライフルーツはマーケットにも豊富にあった。

09:50 徒歩ツアーに出発。

 まずはホテルの直ぐ隣にある、Scott Polar Museum。南極点到達競争でアムンゼン率いるノルウェー隊に破れ、失意の内に遭難死亡したスコット大佐の名を冠した極地研究所の附属博物館である。日本ではアムンゼンに後れを取った人物というイメージだが、英国では英雄である。アムンゼンが極点に残した手紙をスコット大佐が持ち帰ろうとしたことで、アムンセンの極点到達が客観的に証明されているのだ。



Scott Polar Research Institute and Polar Museum 詳細頁へ

10:25 次いで、初日にも前を通ったケンブリッジ・ローマ・カトリック教会(聖母教会)

  

Church of Our Lady and English Martyrs (Cambridge Roman Catholic Charch)詳細頁へ

 この日は入り口が開いていたので、チャペルの中まで見せて頂いた。この後は前回ツアーとは逆に南に折れてHills Roadに入った。途中には、



St Paul's Church of England

10:40 さらに進むと、



第一次世界大戦、第二次世界大戦の戦争慰霊碑

 ヒルズ・ロードと、ケンブリッジ鉄道駅から伸びるステイション・ロードの交差点に戦争慰霊碑。ここが、ケンブリッジ大学が所有する植物園「ボータニック・ガーデン」の Station Road Gate (東口)でもある。



Botanic Garden  詳細頁へ

 入り口で入園料4.5ポンドを払うと園内の地図が貰える。植物園なのだが、植え方が大らかで、庭園としてもすばらしい。有料施設だが、維持会員的な制度があるようで、地元の老夫婦らしき方々の散歩コースや、幼稚園の遊び場?的にも使われている様子。

 この公園が開設されたのは1846年。日本では黒船来航以前である。以来、ケンブリッジ大学が世界中から採取してきた植物類が植えられてきたのだろう。もちろん根付いたのは英国の寒冷な気候に耐えれた種類だけだろうけれど、ともかく、植えられている木々が半端無く大木なのである。

  

 左画像の左の木:Sequoiadendron giganteum "Sierra Redwood(ジャイアントセコイア)" California
 右の木は:Cedrus libani "Ceder of Lebanon(レバノン杉)"か、Cedrus atlantica (アトラス杉)のどちらか。画像では解りにくいが根元の直径は1m越えてます。
 右画像はジャイアント・セコイアの球果と、シーダーローズ(レバノン杉か、アトラス杉の球果の頭部分が取れて落ちた部分)



Botanic Garden Brookside Gate

11:28 ボタニック・ガーデンを東西に突っ切り、Brookside Gate(西門)から出て、トランンピングトン・ロードを北に向かう。次の目的地は、毎日のように前を通り過ぎながら、入れなかったフィッツウイリアム・ミュージアムである。

11:45 この工事中の建物が、



Fitzwilliam Museum

 建物の玄関は、ギリシャ神殿風なのだが囲われていて解らない。



全般的にケンブリッジのミュージアムの看板はとっても控えめだ。

 

Fitzwilliam Museum 展示の様子

 日本語の美術館と博物館は、英語ではひっくるめて Museum 。フィッツウイリアム・ミュージアムはその両方の要素を持っている。



16世紀から17世紀初頭に作られたイタリア製スピネット

 目が、楽器に向いてしまうのはご愛敬。建物の外観もだが、内容的にも、



ギリシャの遺跡関係と

 

エジプト関係

 の展示が、けっこうなエリアを占めているところは、大英博物館の縮小版という感じである。

13:10 フィッツウィリアム・ミュージアムを出て、北に向かう。



Pembroke College Wren Chapel



Emmanuel United Reformed Church と The Pitt Building (Cambridge University Press)



St Catharine's College

13:27 シティ・マーケットへ



Cambridge City Market

 

 マーケットで何か仕入れて腹ごしらえしようと思っていたが、この日は前に見かけたサンドィッチ屋さんも屋台も不在。仕方なく後で食べようとイチゴとラズベリーと洋梨を購入。

13:38 グレート・マリー教会へ



Great Mary Church

 今日のツアーの目玉は、この教会の尖塔に登ること。実は以前にも何度か様子を見に入ったのだが時間が遅く閉鎖されていたのだ。



教会の中に置かれていたペーパーモデル

 教会の売店で、「尖塔に登りたい。」と申し出て、3.5ポンド支払うとA4三つ折りのパンフレットが頂ける。
「何語のが要る?」
「日本語がいいけど無いでしょう?だから英語で・・・・」と言いかけたら
「もちろん、あるとも」
「ほんとに?」
と、いうことで日本語版が出てきたのには驚いた。

 

 Great St Mary Church 礼拝堂内部。正面に祭壇、オルガンは入り口側の上に。入り口の左側の小さな扉が尖塔への登り口。

 

左:尖塔への登り口。頭上注意の表示有り。
右:階段途中にある扉



扉を覗くと? まるで縛り首用のロープのようだが
「危険、上にベルあり、ロープに触れてはならない。」との注意書き



細い階段を、もう一階分登るとご覧の通り「カリヨン」

 階段は急で狭く、行き違いは不可能に近い。途中3カ所ほど有る扉のところが待避所みたいな位置付け。



尖塔の屋上に出た。翻るケンブリッジ大学旗



グレート・マリー教会の尖塔から東



グレート・マリー教会の尖塔から南



グレート・マリー教会の尖塔から南西 キングス・カレッジ



グレート・マリー教会の尖塔から西



グレート・マリー教会の尖塔から北



グレート・マリー教会の尖塔から北方を拡大 セント・ジョン・カレッジのチャペル



尖塔に出るドア。尖塔屋上の床は木の格子で覆われている。

14:00 もう少しゆっくり眺めていたかったが、空模様が怪しくなってきた。

 マーケットの一角に隣接する Marks & Spencer にて、お土産用にフルーツクッキーを買い込み、いったんホテルに戻るかどうかを空を睨んで悩んでいたが、持ち直しそうなので、もう一度キングス・カレッジを見に行くことにした。

15:06 キングス・カレッジ・チャペル



King's College Chapel



King's College Front Courtand Gibbs' Building



Clare College Old Court and King's College Back Lawn

15:50 キングス・バックス

 キングスカレッジの裏門から出て、しばしバックスの眺めていた時に、ふと、もう一カ所みたい博物館が残っていたことに気が付いた。

16:06 慌ててキングスパレードまで戻る。目指すはウィップル科学歴史博物館。


 セジウィック博物館の近くのはずなのだが、これが見つからない。ガイドブックを持って行ったり来たりしている私を見かけたタウンガイドのボランティア氏が教えてくれて、やっと見つけることができた。

16:15 ウィップル博物館 発見


 見つからなかった理由がこれ。まず古い表札が "Laboratory of Physical Chemistry" 「物理化学研究所」である。さらに入り口の真ん前に平気な顔して大きなワゴン車が止められている。ただでさえ入りにくそうな重厚な木の扉なのにである。


 ドア横の死角になっているところに、この隠れ表札があった。"University of Cambridge / Department of History and Philosophy of Science"「ケンブリッジ大学/科学の歴史と哲学・学部」とあり、その下に小さく"Whipple Museum of the History of Science"「ウィップル科学の歴史博物館」

 ガイドブックによると閉館時刻は16:30。あと15分しかない。恐る恐る、重いドアを開けて、受付に声を掛けると「まだ開いてるわよ。」



天球儀『トゥームレイダー』(Lara Croft: Tomb Raider)に出てきたヤツ

 展示物は、古い望遠鏡、顕微鏡、天球儀、などなど 科学発展の中で実際に歴史的な人物達が使ってきた道具類に、古い時代の科学玩具など。アンティーク・メカ・フェチには堪えられない。15分しかなかったが、他に見学者はおらず完全独占状態だった。

16:30 ウィップル博物館を退出。

 

 ホテルへの帰り道。
 左:Emmanuel United Reformed Church の尖塔を見上げて
 右:Pembroke College Library の時計台



夕食は市場で仕入れたイチゴと木イチゴと洋梨+日本から持ってきたシーフード・ヌードル

 ボタニック・ガーデンで針葉樹の花粉をいっぱい吸い込んだのか・・・・夜にアレルギー鼻炎発症。イギリスにも花粉症はありますご注意を。




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DAY 7 22.Mar.2014 Cambridge-London-Heathrow
DAY 7 2014年03月22日 土曜日 ロンドン経由で帰国



毎朝お目にかかったローマカトリック教会ともお別れ


6:00 Lensfield Hotel/Cambridge

 起床。本日が大英帝国との別れである

 朝食は最後の(はずだった)「英国トラディッショナル・ブレックファスト」




08:20 レンズフィールド・ホテルのフロント

 荷物をまとめてフロントに。

   「支払いは?」   「クレジットで」
   「では、暗証番号を」「サインじゃダメなの?」
 いきなり困った。暗証番号使っていないので覚えていない。
   「英国では暗証番号が普通よ。サインは使わないの。」
 困った。
   「なんとかならない?」
   「しょーがないわねー」

と、しばしやり取りの後、ちょっと手間っぽかったがサイン用の書式を出してくれた。無事支払い終了。

 駅までキャリーバッグを引きずってガラガラ歩く。



昨日訪れた戦没者慰霊碑のある交差点からステイションロードへ



路面の石畳は荒い

 1km程の距離だが石畳が荒いのでスムースには歩けない。離日前に壊れかけた旧キャリーバッグで無理して来ていたら、酷い目にあっていたところだ。

08:58 ケンブリッジ駅到着。



Cambridge Railway Station

 なんと切符売り場に長蛇の列。後で調べて知ったのだが、ケンブリッジ駅は東英国で最も利用客の多い駅で、ホームも英国で3番目の長さと、規模も大きい。






幾重にも列は折れていて、窓口は遠い。

09:13 15分並んで窓口に到達。ようやく切符購入。



from CAMBRIDGE to LONDON TERMINALS

09:14 改札を通ると、ほぼ同時に発車ベルが鳴り始め、周りの人たちが急ぎだした。



 え?ロンドン行きのホームは何処? と回りを見渡すと、皆が乗り込む列車の行き先表示に LONDON TERMINALS の文字を見つけて飛び乗った。

09:15 発車。

 席はほとんど埋まっていたので、立っていくことにした。たまたまだが、乗れたのはロンドンまでのノンストップ直行便。所要時間は55分。



車内はご覧の通り満席。通路は狭く、大きなキャリーバッグを持ち込むのは顰蹙物だ。



窓の外にはなだらかな丘陵地が広がる。



植えられているのは麦か牧草か?よくわからない。



煉瓦造りで煙突のある古風な町並みをカラフルな列車が突っ切る。

 車窓からは英国の田園地帯の風景が。ケンブリッジへの往路の高速バスは、ほぼ日没後だったため、ほとんど景色を見ることはできなかった。

10:10 King's Cross Station / London



ロンドンのキングス・クロス駅に到着。しばらく にわか撮鉄 と化す



イギリスにも「撮鉄」は居た。

 大英帝国は鉄道発祥の地であるが、その首都であるロンドンの鉄道事情は極めてわかりにくい。
 
 ケンブリッジ駅で購入した切符の行き先には London Terminals と書かれていた。東京駅(新幹線の英語アナウンスでは"Tokyo Terminal")のようなターミナル駅を想像してしまうところだが、実は "London Terminal" 駅は存在しない。旧英国鉄道(今は複数の民営化された鉄道会社の集合体)がロンドン地域に有する16の鉄道駅の総称が"London Terminals"である。東京駅のような一極集中型のターミナル駅は、ロンドンには存在せず、ロンドン市街の、あちらこちらにロンドン起点の鉄道駅が点在し、それらが地下鉄で結ばれている。主な鉄道起点駅を接続する(東京の山手線、大阪の環状線に相当する)サークルラインという地下鉄路線があるのだが、休日は止まっていることが多いらしい。そうなると、東京に地下鉄網にも似た迷路の如く入り組んだ個々の地下鉄路線を乗り継いで移動しなければならない。オノボリさんには少々難易度が高い。



Kings Cross Station

 改札を出て、駅構外ににでると・・・・・・やっと見つけた、翻るユニオンジャック。

 

キングス・クロス駅に翻る 左:イングランド旗、右:連合王国旗

 このキングス・クロス駅の、すぐ隣にあるのが、まるで王宮のようなセント・パンクロス駅。欧州各地と直接結ばれている鉄道の起点駅になっており、建物はステーションホテル(ST PANCRAS RENAISSANCE HOTEL LONDON)も兼ねている。



St Pancras Station / London



ST PANCRAS RENAISSANCE HOTEL LONDON

 で、そのまた隣が本日の最初の目的地「大英図書館」



The British Library



The British Library

 古風な建物を期待したが、モダンな建物。実は「大英図書館」が出来たのは1973年と比較的最近である。



The British Library 中庭

 大英図書館は、元々は大英博物館の図書部門だった。大英博物館の歴史は1759年まで遡り、創立以来コレクションは増え続け、同様に書物も増え続け、保管場所確保の必要性からやむなく各地に資料を分散保管せざるを得なくなり、そうしてバラバラになってしまっていた図書を一カ所に統合し、国営の図書館として再組織したのが、1973年という訳である。



The British Library 建物の入り口

 時間が十分にあれば目的の曲集、琵琶湖周航の歌の間接的ルーツであった歌曲「Water Lillies」が収録された歌集「Songs for Our Little Friends」の閲覧申請もできるのだろうが、それは見送り、外から思いを馳せるだけにした。



ロンドン名物二階建てバス

10:43 大英博物館に向かって移動開始

 

St Pancras (New) Church
1822年に建てられたギリシャ復興様式の教会。地下がギャラリー、上階が教会。
パッと見たとき、イギリス人って、とことんギリシャかぶれなんだな、と思った。




British Medical Association 英国医師会




Tavistock Square タヴィストック広場の桜

 途中で見かけたタヴィストック広場の桜。広島の原爆犠牲者のために1967年に植えられたとのこと。広場の中心にはマトマ・ガンジーの彫像があるとのことだが、この時は立ち寄らず。キャリーバッグの車輪が路面の凸凹にとられて、思うように進めず、この時点でかなり疲れてきていた。



Church of Christ the King Gordon Square

11:17 大英博物館



The British Museum

 かなりヨタヨタになりつつ、ようやく辿り着いた大英博物館の正面。道程的には1km強程度のはずだが、路面が酷くキャリーバックを引きずりながら30分ほどもかかってしまった。



The British Museum Entrance

 しかしそこには、



We do not accept items of large luggage.
「大きな荷物は受け付けません」

 最大サイズは40cm×40cm×50cm、重さは8kgまで、という看板が・・・・・・・・・。サイズも微妙だが、重量は確実にオーバーだ。




 クロークへの行列に並び、キャリーバッグを秤に載せると 15.4kg

 「このバッグはダメ。」
 「どーすればいい?」
 「キングス・クロス駅には大きな荷物の預かり所があります。」

 おいおい、僕はそこから、この荷物を引きずって歩いてきたんだ。
 キングスクロス駅まで戻るのに30分、手ぶらで大英博物館まで取って返すのに20分。見学後に再び20分かけてキングスクロス駅に荷物を取りに戻らねばならない。荷物の出し入れに要する時間を加えれば1時間半ほどの時間を使うことになるだろう。

 一瞬、大英博物館を諦めて、予備プランのテムズ川の河畔ブラブラ観光に変更しようか、という思いが頭を過ぎったが・・・・・・いやいや、チョット待て。落ち着いて考えよう。係員は鞄のサイズには、全く触れていなかったので、問題は重さだけだ。ならば分割すればよい。重いのは紙=書類・書物類だ


 幸い、鞄の中の荷物分別のために小さめ買い物袋と、軽装時に使うつもりで持ってきたナップサックがある。2等分といきたかったが、短時間ではそうもうまくいかず荷物は3つに分割された。預かり料は一個1.5ポンドなので 4.5ポンド

11:35 ようやく見学開始

 キャリーバッグ引きずって見学できないか?とも考えたが、保安上の問題で「車輪付きのケースはお手持ちになるか、クロークルームにお預けください」とのこと。実際、階段が多く、2階以上は絨毯引きなので、キャリーケースを引きずって回るのは事実上難しい。


 さすが天下の大英博物館。コレクションは質・量、ともに圧倒的だが・・・・・・・・・



よその国の神殿や



仏閣から、その一部を切り取って持ち去ったり



お墓を暴いて埋葬されている遺体を持ち去ったり

って行為を学術目的と強調しても、墓泥棒や仏像泥棒との違いを、胸を張って説明するのは難しかろう。丁寧に保管・修復し、公開しているところが唯一の罪滅ぼしである。




これはセーフだが



これはアカンやろ。

15:03 退館準備

 入館して約3.5時間。ほんとはもっとゆっくり見ていたかったが、19:00発の国際線に乗るには17:00には空港に着いていたい。正味移動時間を60分と見ても、最寄りの地下鉄駅までの徒歩移動等々を考えると、そろそろ切り上げ時である。
 クロークから荷物を返して貰い、入り口横のベンチで荷造り。余裕が有れば、テムズ川の岸辺まで歩いていこう、などと考えていたが、駅から大英博物館までの移動に費やした労力を思い出して断念した。ケンブリッジでも同様だったが、ロンドンの歩道の石畳は、日本の歩道ほどにはキャリーバックに易しくない。


 大英博物館に別れを告げ、出口で降車中のタクシーを見つけ、運転手に

「ヒースロー空港まで、だいたいいくら?」と問うと、

「60ポンド」との答え。

 少し吹っ掛けられたかナー?そんなもんかな? 問題は吹っ掛けたかどうかではなく、既に持ち金が小銭掻き集めて60ポンドあるかどうか。「そうか、ちょっと足りないな。」と応えて歩き出すと、追いかけてきた彼が

「55でもいいよ。」

 一瞬悩んだが、まだ時間はあるので地下鉄まで歩いてみることにした。イザとなったら、ロンドン市内なのでタクシーを探すのに苦労はしないだろう。


 地下鉄網に迷い込むのは無謀と思ったので、空港まで直行で行ける地下鉄ピカデリーラインの駅から乗ることにした。大英博物館に一番近いのはホルボーン駅である。

15:18  Holborn Underground Station/London/UK

 ホルボーン駅到着。

 切符を買おうとして自動券売機前で途方に暮れた。操作方法が皆目わからない。

 ロンドンの地下鉄は、基本は「オイスターカード」と呼ばれるプリペイドカード式である。料金はエリア毎に設定されていて個別に買うよりも安く上がり、慣れれば、それはそれで便利なのだろう。オイスターカードの使い方は日本で購入したガイドブックにも詳しく記載されている。いや正しくはオイスターカードの使い方しか書いてない。今、必要なのはヒースロー空港駅までの片道切符だ。

 自動券売機での切符購入を諦めた私は開いている有人窓口を探した。・・・・・・・が、

 窓口は全て閉まっていた。土日ってのは、こういうものらしい。

 困った。今回の海外行脚で一番困った。

 無駄にはなるが、オイスターカードを購入するしかないかな、と思ってガイドブックを引っ張りだした時に、自動券売機のところで大柄な男性がおばあさんにチケットの買い方を教えているのに気が付いた。男性のベストの胸に地下鉄マークが付いている。地下鉄の職員だ。

 「僕にも教えてよ」「どこまで?」「ヒースロー空港」「5.7ポンドだ。」

 男性はテキパキとキー操作を始めた。操作が早すぎて、一番知りたかった”最初に何をすればよいのか?”が解らなかったが、少なくとも行き先を指定する際に、駅名の最初の2−3文字をタイプインしなければならないことは解った。

 「ロンドンの地下鉄切符の買い方は簡単です。」というサイトはいくつかあるが、真に受けてはならない。少なくとも私が遭遇した自動券売機は最初からこんな  http://www.youtube.com/watch?v=cH0WKLike3A 画面じゃなかったし、「日本語表示ボタン」なども無かったからだ。

 本当に動転していたと見えて、この間の写真は全くない。



改札を入ったところで気を取り直して一枚

15:27 地下鉄に乗る


 ロンドン郊外に出るとしばらくは地上を走る。ピカデリーラインは時間かかるよ、とは云われていたが、実際ホルボーン駅からでも所要時間は約1時間強。切符購入のための手間や行列に並ぶ時間を考慮すると往路に高速バスを選んだのは正解だった。

 

最初はこのくらい混んでいたが



空港駅到着時はこういう状態

16:34 Heathrow Airport Terminal 3


 ヒースロー空港の第1,2、3ターミナル駅に到着。出国ロビーに向かう地下道は往路にバスステーションに向かって進んだルートと同じ。


16:45 JAL Check In Counter

 チェックインして荷物を預け、身軽になった。



空港のあちこちに各国語で「Play me」と書かれたピアノが置いてある。

16:55 英国での最後の食事

 たまには朝ご飯に出てくるかな?と期待したアトランティックサーモンのスモークは、一度も食べれなかったのでスモークサーモンのサンドイッチを買ったが、粘着質のチーズがベッタリと張り付いている。サーモンはおいしかったのだけれど。



17:10 出国検査

 何のおとがめもなくパス。実はキーホルダーに小さなアーミーナイフをぶら下げていたのを忘れていたのだが。一方で私の前の男性は、かなりしつこく荷物の中身を調べられていたので、甘いって訳ではなさそう。
 大英博物館からヒースロー空港までは結構スリリングだったが、空港では予想以上にスイスイ事が運び、少々時間を持て余し気味。搭乗開始時刻の18:30まで、一時間以上ある。ポンドの小銭を使ってしまおうと、免税ショップを回るが、残念ながら免税ショップには小銭で買える物はあまり置いてない。

17:30

 案内板を見ると、ゲートオープンが18:00と30分早まってる。搭乗ゲートは36番なのだが・・・・



30−42ゲートまで徒歩20分と書いてあるではないか。

17:40 あたふたと36番ゲートに向かったら、10分で着いてしまった。




18:00 しかも搭乗アナウンスが始まる気配はない。ゲートオープンって航空会社の係員がスタンバイする時刻なのね。




18:30 ようやく搭乗案内。


エコノミーの私はもちろん一番最後。



座席は客室の一番後ろの真ん中だった。


19:00 離陸



大英帝国見聞録 終章

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大英帝国見聞録
The Memoirs of Great Britain

公開  2014.04.00.
Copyright Satoshi Maeda@Solar Car Archaeolgy Research Institute
太陽能車考古学研究所
2006.01.01
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